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炭の香りと、午後七時の笑い声

炭の香りと、午後七時の笑い声

5年後の私たちへ。定山渓の7月は、驚くほど空気がひんやりとしていたね。杉の香りが混じった風に吹かれ、浴衣の帯を締め直すたびに、誰かの不器用さを笑い合ったあの心地よい温度感を、今も覚えているかな。

5年後も指先に触れている、あの夏の断片

二メートル五十センチの境界線
オープンキッチンに響く包丁の規則正しいリズムと、立ち上る出汁の芳醇な香り。料理人と私たちの間にある絶妙な距離感は、干渉しすぎないけれど、真剣な眼差しだけは真っ直ぐに届く。「次はどんな驚きがあるんだろう」と胸を高鳴らせたあの静かな緊張感と、目の前に運ばれてきたシームレス キュイジーヌの熱い湯気が視界を白く染めた瞬間。湯気の向こう側で交わした、言葉にならない納得感こそが、この旅の最高のハイライトだった。

食のライブラリーで演じた「知的な時間」
2階のラウンジで、素焼きの器や古いレシピ本を囲み、わざと難しい顔をして語り合ったこと。「この技法は奥が深いね」なんて、冷えたグラスの結露を指でなぞりながら、実際は次の料理への期待しか語っていなかったけれど。指先に触れた紙のざらついた感触と、不意にこぼれた誰かの笑い声が、琥珀色の照明に溶けて、今も耳の奥に心地よく残っている。あの時の私たちは、世界で一番贅沢なふりをしていた。

岩戸観音堂へ向かう、湿った土の匂い
ホテルから歩いて数分、肺の奥まで入り込む森の冷気が肌を粟立たせる。雨を吸って深いエメラルド色に光る苔を「綺麗だね」と言い合う間もなく、誰かが足元を滑らせて盛大に突っ込まれたあの瞬間。不格好に笑い合い、泥がついた裾を気にしながら歩いたあの時間こそが、この旅の本当の正体だったと思う。森の静寂が、私たちの笑い声を優しく包み込んでいた。

浴衣の擦れる音と、不揃いな下駄の調べ
慣れない浴衣が肌に触れるかすかな摩擦と、石畳に響くカランコロンという不揃いな音。みんなで歩幅を合わせようとして、結局バラバラになって笑い転げたこと。完璧に整えられた空間に、私たちの「適当さ」が溶け込んだとき、ここがようやく自分たちの居場所になった気がした。心地よい疲労感と共に、心まで解きほぐされていく感覚を覚えている。

5年後の封印を解いたときに見える景色

思い出とは、土の下で静かに時間を待つ種のようなものだ。旅の間は気づかなかったけれど、あの静寂やふとした沈黙が、ゆっくりと殻を割って、今の私たちを形作っているのかもしれない。料理の正確な味は忘れても、露天風呂付和風ベッドルームで感じた夜風の冷たさや、隣にいた君の横顔に落ちていた影の濃さは、鮮明に蘇るはず。不完全なまま誰かと時間を共有する贅沢さを、厨翠山の静謐な空間が教えてくれた。それは、ただそこに在ることを許される、深い安らぎだった。

濡れた石畳に、最後の一発の花火が静かに溶けていった。

  • 18時の一斉スタートの食事に遅れないよう、早めに浴衣に着替え、鏡の前で互いの格好を笑い合う時間を設けること。
  • ラウンジのライブラリーで、あえて一番難解そうなレシピ本を開き、知的な会話を演じてみること。