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浴衣の裾を引いて歩く、小さな足音

浴衣の裾を引いて歩く、小さな足音

指先に触れる空気が、少しだけ湿り気を帯びて冷たくなっていた。九月の定山渓。車を降りた瞬間、肺の奥まで洗われるような深い森の匂いが鼻腔をくすぐり、隣では次男が「お風呂、どこ?」と私の服の裾を強く引っ張っている。家族での旅行というのは、常に誰かが何かを欲しがっているチーム戦のようなものだ。予定通りにいくことなんて、ほとんどない。けれど、その不自由さが、旅の輪郭をかえって鮮明にするという気がする。

なぜ、この森の静寂に家族を連れてきたのか

定山渓万世閣ホテルミリオーネのロビーに足を踏み入れたとき、まず耳に届いたのは、高い天井に心地よく跳ね返る子供たちの賑やかな声だった。それはまるで、空間全体が大きな楽器になったかのような、心地よいリバーブのようだ。大人の世界では静寂だけが贅沢だと思っていたけれど、ここでは誰かの笑い声が和モダンの空間に溶け込み、その余韻がゆっくりと消えていく。そのリズムの中に身を置いていると、日常で凝り固まっていた肩の力が、ふっと抜けていくのがわかった。

広い空間があるということは、誰かが走り回っても、誰かが少しだけ不機嫌になっても、それをすべて包み込める余裕があるということだろう。チェックインを待つ間、長男がロビーの椅子の感触をじっくりと確かめていた。指先で触れる生地のざらつきや、足の裏に伝わる床の硬さ。そういう小さな観察こそが、彼にとっての旅の始まりだったのかもしれない。家族全員が同じ歩幅で歩く必要はない。それぞれの周波数でこの場所を感じていればいい。そう思えたとき、この場所を選んで正解だったと確信した。

子供たちの好奇心を、一番に揺さぶったものは何だったか

朝七時。まだ半分眠っている目をこすりながら向かったビュッフェレストランは、色鮮やかな食材が並ぶ小さなマルシェのようだった。白い壁に囲まれた開放的な空間に、焼きたてのパンの香ばしい匂いと、淹れたてのコーヒーの深い香りが漂っている。次男は、自分の手のひらよりも大きなプレートを両手でしっかりと持ち、真剣な表情で「宝探し」を始めていた。

彼が一番驚いたのは、地元産の牛乳だったと思う。グラスに注がれた真っ白な液体を一口飲んだ瞬間、その濃厚でクリーミーな甘みに、ぱっと目を見開いていた。「お母さん、これ、普通の牛乳と違う!」と興奮して話す彼の口の端に、白いひげができている。その無垢な光景を見たとき、私の心の中にもふっと温かい笑いが漏れた。

木製のテーブルにぶつかるカトラリーの軽い音、あちこちで交わされる家族の賑やかな会話。整然とした静寂よりも、こういう雑多な音が混じり合う時間の方が、ずっと人間らしく、愛おしい。長男は、自分が選んだ料理を山のように盛り付け、「これは僕の作品なんだよ」と得意げに宣言していた。大人が考える「優雅な朝食」とは程遠いけれど、彼らにとってはここが世界で一番刺激的な、創造性の場所だったのかもしれない。

旅路の果てに、心に深く刻まれる記憶とは

最後に向かった展望風呂で、ふと夜空を見上げた。九月の夜空には、少しだけ寂しげな、けれど凛とした月が浮かんでいた。お湯の温度がちょうどよく、肌にまとわりつく絹のようなぬくもりが、旅の疲れをゆっくりと解いていく。ひんやりとした夜風が頬を撫でるたび、お湯の心地よさがより一層際立っていた。隣では、子供たちが水面に浮かぶ小さな泡に夢中になり、小さな手を伸ばして追いかけている。

日常に戻れば、また誰かが泣き、誰かが怒り、慌ただしい日々が始まるだろう。けれど、定山渓の山々に抱かれて過ごしたこの時間は、心の中に小さな「空白」を作ってくれた気がする。何もないけれど、すべてが満たされている心地よい空白。そこには、子供たちが浴衣の裾を引きずりながら歩いたトテトテという足音や、一緒に飲んだ牛乳の濃厚な味、そして、ふとした瞬間に目が合って笑い合った記憶が、静かな残響のように残り続けている。

旅の正解なんて、きっとどこにもない。ただ、あの日、あの場所で、私たちは確かに一緒にいた。それだけで、十分すぎるほど幸せなのだと思う。

濡れた足跡が、廊下の絨毯に小さく点々と続いていた。

  • 子供と一緒に地元の濃厚な牛乳を飲みながら、ゆっくりと朝の時間を過ごしてほしい。
  • 展望風呂から見える月や山の稜線を、言葉を交わさずにただ眺める時間を大切に。