「充電器、誰が持ってる?」
「ねえ、マジで誰が充電器持ってるの?私のスマホ、あと2パーセントなんだけど!」
凍てつく冬の風が容赦なくコートの隙間から入り込み、私たちは肩をすくめて震えていた。
「え、俺持ってるよ。でも君の端子、違うよね」
「最悪!っていうか、誰か地図見てよ。ここどこ?もう完全に迷ったでしょ」
「グーグルマップあるじゃん。化石みたいなこと言わないでよ」
「あはは!見て、あいつ本当に迷ってる。誇張抜きで、この旅のリーダー失格だわ」
「うるさいなあ!もう、誰か助けてよ!」
鼻先を赤くした私たちが、互いの不手際を笑い飛ばしながら、冷たいアスファルトを蹴って歩く。笑い声だけが、静まり返った住宅街に不釣り合いなほど高く響き渡っていた。
静寂という白い紙に落ちた、騒がしさというインク
河口湖駅から宿まで歩く14分間は、肺の奥まで凍りつくような感覚だった。吐く息は白く、街の空気は研ぎ澄まされていて、遠くで誰かが掃き掃除をする竹箒の乾いた音だけが、一定のリズムを刻んでいた。そんな静寂を切り裂くように、私たちの賑やかさだけが浮き上がっていたが、HAOSTAYの扉を開けた瞬間、世界の色が変わった。
そこは、古い木造建築が持つ独特の、湿った土と乾燥した杉が混ざり合った深い香りが漂う場所だった。最大6名向け一棟貸しの贅沢というのは、単に空間が広いことではなく、誰に遠慮することなく、ありのままの「不格好」な自分たちでいられることなのだと思う。
私たちのグループがその空間に足を踏み入れた瞬間、それはまるで、真っ白な和紙の上に濃い色のインクを一滴落とした時のように感じた。最初は小さな点だった私たちの騒がしさが、じわじわと、ゆっくりと、畳の隙間や高い天井、障子の枠へと滲み出していく。誰かが大声を出し、誰かが重い荷物をドサリと床に置く。そのたびに、静寂という空白が、私たちの鮮やかな色に塗り替えられていく。
廊下を裸足で歩けば、冬の冷たい木の感触が足裏にぴたりと張り付き、そこから逃げるようにリビングへ飛び込む。キッチンで誰かがお湯を沸かし、立ち上る白い蒸気が部屋の温度をわずかに上げる。途中で、雪が薄く積もった庭を歩こうとして、派手に足を滑らせた友人がいた。変なダンスのような格好で転んだ彼を見て、私たちは十分以上、腹が痛くなるまで笑い転げた。そんな、人生においてどうでもいい、けれどかけがえのない時間がここには流れている。
特に、専用の湯屋に浸かった時の感覚は忘れられない。熱い湯が肌に触れた瞬間、強張っていた肩の力が、溶け出した塩のようにゆっくりと消えていく。湯気で視界がぼやけ、外の寒さを完全に忘れて、ただお湯の温度だけが自分という存在を定義しているような心地よさ。浴室のタイルの冷たさと、湯船の熱さ。その鋭い境界線に身を置いていると、日頃の役割や肩書きなんて、すべて水に溶けて消えてしまう気がした。私たちはただの、寒いのが苦手な、騒がしい友人同士に戻っていた。茶室の静謐な空気が、私たちの喧騒を優しく包み込み、心地よい調和へと変えていく。
午前2時の、低い周波数
「ねえ、10年後も、私たちこんな感じで集まってるかな」
部屋の明かりを落とし、小さな間接照明だけが畳に柔らかな琥珀色の影を落としている。昼間の喧騒が嘘のように、部屋は深い静寂に包まれていた。
「どうだろうね。多分、もっと腰が痛くなって、歩くのが遅くなってると思うけど」
「あはは、最悪。でも、いいかもね」
ふっと笑い合った後、心地よい沈黙が流れる。外では時折、冬の風が障子を小さく揺らしていた。
「っていうか、今のうちにたくさん寝とかないと、明日起きられないよ」
「分かってるけど。でも、この静けさが心地いいから、もう少しだけ起きていたい」
「……まあ、いいよ。あと10分だけね」
昼間は口に出せなかった、少しだけ心細い、けれど温かい本音が、低い周波数となって夜の空気に溶けていく。
湯呑みから立ち上る白い湯気が、冷たい朝の空気にゆっくりと溶けて消えていった。
- 大石公園まで歩いて、富士山が湖に溶け込む景色を眺めること。
- HAOSTAY Coffeeで、旅の終わりの静かな時間を一杯のラテと共に過ごすこと。