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白い息が重なって、少しだけ安心した

浴衣の綿が肌に触れる、あの少しだけざらついた質感から、この旅の記憶は始まっている。十二月の河口湖は、空気が凛として研ぎ澄まされており、呼吸をするたびに肺の奥まで凍てつくような心地がした。ホテル湖龍のロビーに足を踏み入れた瞬間、外の刺すような冷気がふっとほどけ、代わりに温かいほうじ茶の香りが鼻先をかすめる。ウェルカムドリンクのカップから伝わる熱が、かじかんでいた指先からゆっくりと体温を呼び戻していく。その緩やかな感覚に、ようやく日常という重い外套を脱ぎ捨てたのだという実感がわいた。私たちはあえて多くを語らなかった。ただ、隣にいる誰かの体温を感じていればそれでいいという、静かな合意があった。漫画ライブラリー&カフェ「りゅうのす」の扉を開けると、そこには外の世界とは切り離された、密やかな時間が流れていた。古い紙の匂いと、誰かがページをめくる乾いた音。レトロな空間に漂うどこか懐かしい空気感に包まれ、私たちは和洋室の心地よい静寂に身を委ねた。Hotel Koryuでの時間は、まるで止まった時計の針を眺めているかのように穏やかだった。それぞれ好きな本を手に取り、心地よい距離感を保ったまま、ただ並んで座っていた。漫旅という考え方があるらしい。それは目的地に辿り着くことよりも、物語に没入する過程そのものを愛することなのかもしれない。「ねえ、ここ面白いよ」と小さく囁いた君が、漫画に集中しすぎて口を少しだけ開けていた。その拍子に、読みかけのページに小さな飛沫が飛んでいたことに気づき、私たちはどちらからともなく、くすくすと笑い合った。そんな、取るに足らない瞬間こそが、今の私たちには一番必要だった。露天風呂に浸かると、肌を刺す冷気と、体を包み込む熱水の境界線が、皮膚の上で激しくせめぎ合っていた。白く舞い上がる湯気の向こうに、冬の深い青色に染まった湖が見える。お湯の温度がちょうどよく、強張っていた肩の力が、深い溜息とともにゆっくりと抜けていく。食事の時間は、温かい料理から立ち上がる湯気が、二人の間の視界を適度に遮ってくれていた。地元の食材を使った冬の味覚が、舌の上で静かにほどけていく。味覚という感覚は、記憶と密接に結びついている。いつかこの味を思い出したとき、私はきっと、この冬の静寂と、君の横顔を思い出すだろう。夜の散歩に出ると、街のイルミネーションが湖面に反射して、光の粒が静かに揺れていた。吐き出す息が白く、濃く、空中に溶けていく。その白い霧のような息が、ふとした瞬間に君の息と重なり合った。目に見えなかったはずの呼吸が、冬の寒さのおかげで形となって現れる。それは、言葉にできない感情が可視化された瞬間のようで、なんだかとても安心した。私たちはまだ、お互いのリズムを完全に合わせられたわけではないし、これからも迷うことがあるかもしれない。でも、この冷たい空気の中で、重なり合う白い息だけは嘘をつかない気がした。部屋に戻り、ふかふかの布団に潜り込む。外の寒さが、室内の暖かさをよりいっそう際立たせていた。窓の外に広がる夜の静寂が、心地よい重みを持って私たちを包み込む。明日の予定なんて、どうでもいい。ただ、この温度と、この静けさが、もう少しだけ続けばいい。湖の深い青に溶けていく光を眺めながら、私はゆっくりと目を閉じた。そこには、もう不安なんて何もなかった。

  • 漫画カフェ「りゅうのす」で、あえてお互いの好みを教えずに、おすすめの一冊を選び合ってみてほしい。
  • 露天風呂から上がった後、温かいままの浴衣に身を包んで、夜の湖畔をゆっくりと散歩するのが心地よい。