下の子が、自分にはあまりに大きすぎる浴衣の裾を、何度も何度も不器用に踏んづけている。河口湖ホテルニューセンチュリーの和室に広がる畳の上を、「シュッ、シュッ」と引きずる、幼い足音。大人はつい「危ないよ」と口にするけれど、本人はその心地よい抵抗感が気に入っているのか、わざとゆっくりと歩いていた。鼻をくすぐるのは、少しだけ乾いた新しいい草の香り。広い部屋に響く小さな足音が、心地よいリズムとなって、家族の緊張をゆっくりと解きほぐしていくのがわかった。
溶岩風呂の石の表面は、指先で触れるとわずかにざらついていて、大地の野生的な鼓動が伝わってくるようだった。霊水の湯に肩まで深く沈み込むと、一日中張り詰めていた背中の筋肉が、熱いお湯に溶け出すようにゆっくりとほどけていく。立ち上る白い湯気で視界がぼやけ、世界が柔らかな白に包まれる。その静寂を切り裂くように、隣でバシャバシャと水を跳ね上げている子供たちの笑い声だけが、鮮明な輪郭を持って耳に届いていた。
深夜三時の静寂。エアコンが刻む低いハム音が、部屋の静まり返った輪郭をなぞっている。窓の外では十二月の凍てつく風が、時折、鋭い悲鳴のように鳴いていたが、厚いガラスに遮られたここでは、それは遠い国の出来事のように聞こえた。耳を澄ませば、隣で眠る家族の、規則正しく深い呼吸の音だけが聞こえてくる。静かすぎる空間は時に孤独を連れてくるけれど、ここではその静寂が、心地よい重みを持って私たちを優しく包み込んでいた。
夕食に運ばれてきた「ほうとう」の真っ白な湯気が、一瞬で眼鏡を曇らせた。太い麺を口に運ぶと、味噌の深いコクと、根菜の凝縮された甘みがじわっと舌の上に広がる。ふと隣を見ると、次男の鼻の頭に小さな麺の切れ端がちょこんとくっついていた。「あはは!」と、それに気づいた家族全員が同時に吹き出す。なんてことのない、取るに足らない瞬間。けれど、その弾けるような笑い声こそが、冷え切った体に一番効く最高の調味料だったのかもしれない。
早朝六時。カーテンを勢いよく開けると、世界が深い藍色に染まっていた。河口湖の底知れないブルーと、その向こうにどっしりと構える富士山の峻厳なシルエット。空気は水晶のように澄み渡り、遠くの景色が、まるで指先で触れられるほど近くに感じられた。この圧倒的な青い静寂の中に身を置いていると、自分たちが宇宙の塵のように小さな存在であることに気づかされる。けれど、その小ささが、かえって心を自由にしてくれる気がした。
サイドテーブルの上に、場違いな原色のプラスチック製恐竜が一体、ぽつんと置かれている。河口湖ホテルニューセンチュリーの洗練されたインテリアの中で、その玩具だけが、ここが「家族の旅」であることを饒舌に物語っていた。完璧に整えられた空間よりも、誰かの生活の跡が少しだけ漏れ出している光景の方が、人間らしくて愛おしい。不揃いなままの私たちが、ここに確かに存在しているという証のように見えて、胸の奥が温かくなった。
布団を隙間なく並べて、家族全員で身を寄せ合って横になる。リネンの清潔な匂いと、隣から伝わる確かな体温。もこもこした生地の感触が肌に触れ、意識がゆっくりと心地よい闇へと遠のいていく。明日になればまた、誰かが泣いたり、誰かがわがままを言ったりする日常が戻ってくるだろう。けれど今はただ、この温もりのなかに深く浸っていたい。私たちは、お互いの呼吸を確認し合いながら、深い眠りの海へと落ちていった。
冬の夜の静寂が、家族という名の温もりを優しく抱きしめていた。
- 子供と一緒に、早朝の富士山を眺めながら温かい飲み物を飲む、贅沢な静寂の時間を大切にしてください。
- ほうとうを食べる時は、ぜひ家族で同じ鍋を囲んで、誰の眼鏡が一番白く曇るか競い合ってみてください。