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湯気の中で、誰かが小さく笑った

湯気の中で、誰かが小さく笑った

記憶の川を辿る、家族の五つの音

頬を刺すような三月の冷たい風が、冬の終わりの名残を運んでくる。鬼怒川温泉駅から宿までのわずか三分の道のりで、子供たちが競い合うようにアスファルトを叩く、弾むような靴音を聴いた。それはまるで、これから始まる冒険へのカウントダウンのようで、大人の私たちはその速度に追いつこうと、少しだけ呼吸を乱しながら、心地よい焦燥感に身を任せて歩いた。

さらさらと、乾いた綿の布が擦れる軽やかな音。チェックインして浴衣に着替えた次男が、「見て!忍者の格好だ!」とはしゃいで、温かな光が漏れる廊下を駆け抜けていく。その音は、日常では禁止されている「走り回ること」への、旅先ならではの小さな免罪符のような響きを持っていて、見ているだけでこちらまで心が解きほぐされていく気がした。

バシャバシャと、激しく水が跳ねる音。鬼怒川温泉 ゆらら 丸京の露天風呂で、長女が指先で水面を叩いて遊んでいる。立ち上る白い湯気が冷たい夜気に溶け込む中、温かいお湯に浸かると、心に溜まっていた尖った感情や日々の疲れが、お湯に溶け出す塩の結晶のように、ゆっくりと輪郭を失っていく。バラバラだった家族の時間が、同じ温度に馴染んでいく感覚に、私はただ深い充足感に浸っていた。

カチカチと、漆塗りの器に箸が当たる心地よいリズム。夕食のテーブルに地元の山菜のほろ苦い香りが漂う中、家族で同じ料理を囲んでいる。次男が「これ、不思議な味がする」と口を尖らせ、長女がそれを笑う。そんな何気ないやり取りこそが、この旅で一番贅沢なBGMなのだと気づき、私はふと、自分の箸を持つ手がいつもよりずっと緩んでいることに意識を向けた。

すー、すーという、深く静かな寝息。深夜、部屋の明かりを落とした後、布団の柔らかな重みに包まれて子供たちが同時に眠りに落ちた瞬間の静寂。さっきまでの喧騒が嘘のように、部屋の中には穏やかな凪が訪れている。この静けさは、単なる欠落ではなく、心まで満たされた後の余韻のような重さを持っていて、私はこの静かな周波数にいつまでも浸っていたいと願った。

窓の外では、春を待つ木々が、静かに呼吸を整えている。

  • 駅から徒歩三分という好立地を活かし、地元の小さなお菓子を買い込んでからチェックインするのがおすすめ。
  • 露天風呂付き客室を選べば、子供たちが寝静まった後に、大人だけで夜風を愉しむ贅沢な時間が叶います。