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お月様が、かじったお煎餅みたいだった

お月様が、かじったお煎餅みたいだった

浴衣の裾が床に擦れる、ササッという乾いた音。下の子がそれをわざと引きずりながら、長い廊下を全力で走っている。足袋の先が少し汚れているけれど、そんなことはどうでもいいくらい、彼は今、この道の果てに何があるのかに夢中だった。古い杉の木の香りが漂う廊下で、木の床がわずかにしなり、子供の足音が軽快なリズムを刻む。その騒々しさが、静謐な空間に小さな波紋を広げていく感覚。完璧な静寂よりも、こういう不規則で生命力に満ちた音が心地いいのかもしれない。


鬼怒川温泉 若竹の庄の湯に身を沈めると、肩のあたりからじわじわと重力が消えていく。41度の絶妙な温度が肌を包み込み、皮膚の境界線が曖昧になる感覚。あぁ、今はただの「お湯に浸かった物体」でいい。誰の母親でも、誰の妻でもなく、ただの温度を持った塊になれる。立ち上る白い湯気で視界がぼやけ、世界に自分と温かい水だけが残されたような錯覚に陥る。ふと隣を見ると、下の子が「ここ、巨大なスープみたいだね」と真面目な顔で呟いた。その突拍子もない想像力に、思わず吹き出してしまった。
竹林を抜ける風が、ざわざわと低い声を上げている。鬼怒川のせせらぎがそこに重なり、自然が奏でる複雑な層を作る。風に揺れる竹は、強くしなりながらも決して折れない。そのしなやかさは、子供たちの無理難題に耐えながら、なんとか一日を乗り切ろうとする私たちの忍耐に似ている気がした。上の子が「川のお魚さん、どこに寝てるの?」と、澄んだ瞳で聞いてきた。正解なんて持っていないけれど、その純粋な問いかけが心地よくて、私たちはしばらくの間、一緒に耳を澄ませてみた。
揚げたての天ぷらに、ほんのり甘い塩を付ける。口の中で弾ける油の香りと、旬の野菜の濃い味が、疲れた脳に直接届く。子供たちがご飯をこぼして大騒ぎしている横で、私はただ、この温かい温度をゆっくりと飲み込んでいた。個室の静けさが、外の喧騒を優しく遮断してくれる。美味しいものを食べているときの子供の顔は、いつだって正直だ。箸使いはまだ不器用で、指先をぎこちなく動かしているけれど、その一生懸命さが、食卓に小さな灯りをともしている。
窓の外、月明かりに照らされたススキが銀色に光っている。夜風に揺れるその姿は、地面から静かに、でも確実に空へと伸びようとする意志を持っているように見えた。夜の空気は少しひんやりとしていて、頬に触れる感触が心地いい。家族で並んで歩くとき、地面に伸びる四つの影が、時々重なっては離れる。誰かが誰かの歩幅に合わせようとする、そのわずかなズレこそが、家族というチームの愛おしいところなのだろう。
鬼怒川温泉 若竹の庄に到着し、チェックインの時に出されたコーヒー。カップの縁にある小さな欠け。誰も気に留めないような小さな傷だけが、ここが誰かに使われ、大切にされてきた場所であることを教えてくれる。指先でその感触をなぞりながら、ふっと肩の力が抜けた。ロビーのソファの沈み込み具合がちょうどよくて、旅の緊張がゆっくりと溶け出していく。完璧ではないけれど、そこにある温もり。そんなものが、今の私たちには一番必要だったのかもしれない。
子供たちが泥のように眠りについた後の、和風の客室に訪れる静寂。布団の心地よい重みが体を包み込み、かすかに残る石鹸の香りが鼻をくすぐる。今日一日のドタバタが、心地よい疲労感となって体に染み込んでいる。畳のい草の香りと、遠くで聞こえる川のせせらぎ。もう何も考えず、ただこの静けさに身を任せたい。明日もまた、きっと賑やかで、少しだけ疲れる一日になるだろう。でも、それがいい。

暗い部屋の中で、隣で眠る子供の規則正しい寝息だけが聞こえている。

  • 鬼怒川の川沿いを、あえて目的を決めずにゆっくり歩いてみてください。子供が見つける小さな石や虫が、最高の観光スポットになります。
  • お風呂上がりには、家族で一緒に温かい飲み物を。静かな部屋で、今日一番笑った出来事を話し合う時間が一番の贅沢です。