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指先に残る冷たさと、誰かの笑い声

指先に残る冷たさと、誰かの笑い声

静寂の城下町、喧騒の客室

指先に触れるキーカードの、ひんやりとしたプラスチックの質感。ドアを開けた瞬間、3月の少し湿った外気が、ダイワロイネットホテル熊本銀座通りPREMIERの清潔なリネンの香りに塗り替えられた。窓の外には、朝霧に煙る熊本城の灰色の石垣が、悠久の時を止めたまま静かに座っている。その重厚な佇まいを眺めていると、「完璧な旅をしなければ」と肩に力が入っていた自分の強迫観念が、春の雪のようにふっと溶けていくのが分かった。デラックスキングルームの静寂は深く、自分の呼吸の音さえ心地よいリズムとして耳に届く。この空白の時間こそが、今の私に最も必要だった贅沢なのだと、深く息を吐いた。

一方で、もう一人の記憶はもっと騒がしい。誰が一番に窓側の特等席を確保できるか、ドアが開く前から密かに賭けていた。結果、一番に飛び込んだのは、グループで一番足の遅いあいつだったというから、本当に笑える。スーツケースがフローリングにぶつかる鈍い音と、「ここ、USBポートあるぞ!」という誰かの勝ち誇った声。そんなくだらない喧騒の中で、ふと窓の外に広がる城下町の景色を見たとき、あぁ、本当に熊本に来たんだなと実感が湧いた。豪華な設備もいいけれど、この狭い空間に気心の知れた仲間が押し込められているという、密度の濃い心地よさ。それこそが旅の正解なのだと確信した。

舌で味わう記憶、心で刻む温度

舌の上に広がる、馬刺しの淡い甘み。温度が低く、けれど口の中でゆっくりと体温に溶けていくあの官能的な感覚。醤油の香りが鼻に抜け、後から追いかけてくる濃厚なコクが、疲れた身体に染み渡る。3月の少し肌寒い夜、冷たい肉を口に運ぶという贅沢。私たちは、どの部位が一番美味しいかという正解を競い合うように話し合ったが、本当は言葉にする必要なんてなかったのかもしれない。ただ、その一口が、一日中歩き回った足の疲れを丁寧に拭い去ってくれる。身体が直接反応するこの快楽こそが、旅の真髄なのだと感じ、私は静かに目を閉じた。

私は、味よりも、あの時の空間に満ちていた空気感を鮮明に覚えている。店内のオレンジ色の照明が、友人たちの顔を柔らかく照らし、グラスの中で氷がカランと鳴る心地よい音。誰かが言い出した、今回の旅で一番「やらかした」エピソードの披露大会が始まり、笑いすぎて飲み物が鼻から出そうになったあいつの情けない顔。隣のテーブルの客が、呆れたように、でもどこか微笑ましくこちらを見ていた。そういう、誰にも記録されないけれど、確かにそこにあった体温。美味しい食事は、その笑い声を増幅させるための最高のスパイスに過ぎなかった。結局、何を食べたかより、誰と笑ったかの方が、ずっと深く記憶に刻まれている。

私たちが唯一、同意したこと

旅の終わり、私たちは口を揃えて「あの椅子は正義だ」と結論づけた。バス・トイレ別セパレートタイプの機能的な空間に置かれたマッサージチェアに身を委ねたとき、ふくらはぎの奥にある、自分でも気づかなかった緊張が、機械的な指先に丁寧に解きほぐされていく。それは単なるリラクゼーションではなく、一日中熊本の街を歩き回った身体への、ささやかな報酬のような時間だった。誰が一番先に寝落ちするかというくだらない競争をしながら、私たちは心地よい疲労感に包まれていた。完璧なスケジュールをこなすことよりも、こうして一緒に「あー、気持ちいい」と深い溜息をつくこと。それこそが、この旅で得た一番の贅沢だった。

夜の街に溶け込む、遠い路面電車の走行音を聞きながら、私たちはまた明日も、きっと予定通りにいかない一日を過ごすのだろう。

  • 花畑町駅からホテルまで、あえてゆっくり歩いて、街の呼吸を感じてみてほしい
  • 熊本城の景色を眺めながら、あえて何も計画しない時間を30分だけ作ること