遅れた電車と、私たちの敗北
最初の敗北は、駅のベンチで待っていた。遅延のアナウンスが流れるたびに、誰かが「まじか」と呟く。
その時、Aが忽然「これ、もしかしてハロウィンの仮装?」と指差した。改札を出たばかりの外国人観光客が、オレンジと黒のコントラストの服を着ていたからだ。
「違うって。ただのファッションだろ」とBが肩をすくめる。
だが、私たちの服装はそれよりも地味だった。誰もが同じように、汗ばんだ夏物を引きずっていた。
やがて、遅れた電車が到着。車内は暖房が効きすぎて、空気が重い。Aが「もう一回やり直そう」と提案したが、Bは「いや、このまま行こう」と首を振った。
結果的に、この「敗北」が我々を草津の核心へと導いた。
湯畑の赤と、誰も教えてくれなかったこと
湯畑に着いた時、空は桜色に染まっていた。いや、桜色ではない。紅葉の赤だ。
Aが「写真撮るから、この角度で」と指示する。だが、カメラを構えた瞬間、Bが「待て」と制止した。
「なんで?」
「音を聞いてみろ」
水が沸騰する音。硫黄の匂い。そして、誰かの息遣いが混ざった空気。
我々は、たった今、草津の「生の声」を聞いたのだ。
客室の窓から見える湯畑は、まるで巨大な紅茶のカップの底に沈む紅葉のようだった。
Aが「これ、飲み物にしたら美味しそう」と真顔で言った時、Bは黙ってカイロを買いに行った。
白旗源泉の、誰も知らない扉
白旗源泉は、1分という距離なのに、存在を忘れていた場所だった。
案内板もない。ただ、草津温泉 きむらやのスタッフが「ここの湯は特に温かい」と教えてくれた。
扉を開けると、空気が変わった。硫黄の匂いが少なく、代わりにミネラルの香りがした。
Aが「これ、温泉じゃないかも?」と首を傾げたが、Bは「触ってみろ」と言った。
水温は48度。体に触れると、まるで誰かが手を握ってくれたようだった。
「これ、恋人に教えたいな」とAが呟いた時、我々は初めて、この場所が「秘密」であることに気付いた。
客室の本棚と、深夜の約束
客室に戻った時、Bが「誰か読み物持ってきてない?」と尋ねた。
Aが「本?」と驚いた顔をした。
「そう。本。紙の本」
我々はスマホの時代に生きている。だが、その夜、部屋の電気を消し、ベッドに横になった時、本の存在が不思議な安心感を与えてくれた。
Aが「これ、読み終わるのに一週間かかるんじゃない?」と文句を言ったが、Bは「いいじゃない。時間を忘れる機会だ」と答えた。
やがて、Aのいびきが聞こえ始めた。Bは起き上がり、カーテンを開けた。
窓の外には、湯畑の明かりが揺らいでいた。
朝食の味噌汁と、予期せぬ再会
朝、食堂に行くと、いつの間にかハロウィンの飾りがされていた。
「草津でもやるのか?」とAが驚く。
そんな中、見知らぬ老夫婦が我々のテーブルに近づいてきた。
「お宅方、草津温泉 きむらやに泊まってる?」
老夫婦は、草津に30年住んでいると語った。
「このホテルの朝食、味噌汁が特に美味しいんだよ。材料は全部地元のもの」
Aが「それ、宣伝?」と尋ねたが、老夫婦は笑顔で「宣伝じゃない。事実」と答えた。
4つの試み、そして見つけたもの
■遅れた電車の中の会話
我々は、予定が狂うことを許せなかった。だが、その狂いは、白旗源泉の扉を開ける鍵になった。
結果:成功(でも、次回は時間を守る約束をした)
■湯畑の写真撮影
カメラを構えるよりも、まずは音を聞くべきだった。写真は消えるけれど、音は心に残る。
結果:失敗(でも、最高の思い出になった)
■白旗源泉の探索
案内板もない場所に、最も温かい湯があった。これは草津の秘密の一つかもしれない。
結果:大成功(そして、二度と忘れられない味になった)
■客室の読書
スマホの時代に、紙の本を読むという行為が、かえって特別な時間を与えてくれた。
結果:意外な成功(Aは結局読み終わらなかったが、Bは一冊全部読んだ)
今日のスコアボード
白旗源泉の扉を開けた時、我々は初めて「草津を発見した」のかもしれない。
湯畑の写真は何枚も撮ったけれど、一番心に残ったのは、Bがカイロを買いに行った時の「敗北感」だった。
窓に結ぶ湯気のような、小さな約束
草津の朝は、いつも静かだ。
だが、その静けさの中に、我々の声が混ざっていた。
Aが「次回は別の温泉に行こう」と言った時、Bは「いや、草津にしよう」と答えた。
- 白旗源泉の扉を開ける勇気を持って — 距離は1分だけど、記憶は永遠に
- 客室の本棚に、紙の本を一冊忍ばせて — スマホがなくても、時間は流れる