← 回到 草津溫泉櫻井飯店

湿った浴衣の裾が、夜風に揺れる音

湿った浴衣の裾が、夜風に揺れる音

坂道の先で迷子になった、七月の午後

草津温泉バスターミナルに降り立った瞬間、鼻の奥を突き刺すような濃厚な硫黄の匂いが「ここに来たんだ」という実感を運んできた。四人で重たいスーツケースを転がしながら、目的の場所がどこかも曖昧なまま、とりあえず坂道を登る。誰かが「あの看板じゃない?」と指差した先は全く別の旅館で、結局私たちは地図を回し合いながら、汗だくで草津温泉ホテル 櫻井のロビーにたどり着いた。ロビーの絨毯は驚くほど厚く、歩くたびに足の裏が沈み込む。チェックインの列に並びながら、四人中三人が浴衣の帯の結び方を忘れていることに気づいて、ロビーの片隅で必死にスマホの動画を見ながら悪戦苦闘した。フロントのスタッフが苦笑いしながらこちらを見ていたけれど、そんなことはどうでもいい。私たちはすでに、旅の始まりの空気に呑まれていた。窓の外には手入れの行き届いた日本庭園が広がり、時折聞こえる遠くの太鼓の音が、これから始まる非日常への期待を煽る。誰が予約したのかも定かではないこの場所で、私たちはただ、高揚感に身を任せていた。

旅先で学んだ、どうでもいい四つのこと

1. 浴衣の帯は、きつく締めすぎない方がいい
夕食のバイキングを全力で楽しむなら、帯は少し余裕を持たせて巻くのが正解です。きつく締めすぎると、草津温泉ホテル 櫻井が誇る豪華な料理の数々を前に、自分の胃袋が早々に降参してしまいます。

2. 硫黄の匂いは、服に染み付くのが一番の記念品
どんなに高級な香水をつけていても、草津の湯の匂いには勝てません。帰りの電車でふと自分の袖から漂う匂いに、また戻ってきたくなるスイッチが仕込まれていることに気づくはずです。

3. 計画は崩れるためにある
湯畑へ行く途中で見つけた、行列のできる焼き鳥屋。結局そこで一時間立ち話をして、予定していた花火の時間に遅刻しました。でも、その待ち時間の会話こそが、今回の旅で一番笑った瞬間だったのです。

4. 温泉の温度は、友人の「熱い」という悲鳴で決まる
ホテルの露天風呂で、誰かが足を浸けた瞬間に上げる奇声。その声を聞いてから入る温泉が、なぜか一番適温に感じてしまうのは、きっと旅の魔法に違いないでしょう。

リストには載らない、真夜中の炭酸水

深夜二時、ホテルのラウンジを抜けて、誰もいない静まり返った大浴場へ向かう廊下を歩いていた時のことだ。昼間の喧騒が嘘のように、建物全体が深い呼吸をしているような静寂に包まれていた。畳の香りと、ほんのりと漂う湯の香りが混ざり合い、夜の静けさをより濃密にしている。ふと立ち寄った自動販売機で買った冷たい炭酸水。その喉を通る刺激が、なぜか今日の楽しかった出来事をすべて保存してくれるような気がして、私たちは浴衣のまま、中庭が見えるベンチに座り込んだ。星が見えるわけでもなく、特別なイベントがあったわけでもない。ただ、四人で並んで炭酸水を飲んでいる。この「何もしない時間」が、今回の旅のハイライトだったなんて、誰にも言えない秘密だ。明日の朝、また朝食のメニューで揉めることが分かっていても、今はただ、この湿った夏の夜の空気が肌に張り付く感覚だけを噛み締めていたかった。冷えた炭酸水の缶を握りしめた手のひらが、少しだけ夜の冷たさを伝えてくる。遠くで聞こえる虫の声と、自分たちの心音だけが、この静かな夜の唯一のBGMだった。

冷えた炭酸水の缶を握りしめた手のひらが、少しだけ夜の冷たさを伝えてくる。

  • 湯畑まで歩くなら、あえて夜の散歩を選んで、ライトアップされた石畳の影を追いかけてみて。
  • 浅間酒造観光センターで買った地元の甘酒は、翌朝の少し重い頭を優しく起こしてくれるからおすすめ。