Tシャツが背中にぴたりと張り付く、あの不快で濃密な感触から私たちの旅は始まった。八月の苗栗を包み込む空気は、まるで温い濡れタオルで全身を巻かれているかのように重い。呼吸をするたびに、肺の奥までしっとりとした湿り気が溜まっていく感覚に、私たちは心地よい諦めを感じていた。駅を出た瞬間、誰が一番先に「暑すぎる」と口にするかで賭けをしていたが、結果として三人が同時に同じ言葉を叫んだため、判定は引き分けとなった。この湿度の中では、誰がリーダーであるかなどという役割に意味はない。地図を持っているはずの友人が、自信満々に、けれど明らかに逆方向へと歩き出したとき、私たちはそれに気づきながらも、あえてついていくことにした。正解に向かって最短距離で歩くなんて、この季節にはあまりに効率的すぎて退屈だ。足元のアスファルトから立ち上る陽炎が、視界をゆらゆらと歪ませている。私たちは、迷うこと自体を目的としたチームのように、快い方向感覚の喪失に身を任せていた。
雨の匂いと、口の中で弾ける黄金色の温度
不意に、空の色が塗り替えられた。濃い灰色が街を飲み込み、次の瞬間には激しい雨が降り出した。熱を帯びた地面を叩く雨粒が、土と埃の混じった、あの懐かしくも鋭い独特の匂いを立ち上げる。私たちは逃げ込むように、路地裏にひっそりと佇む『江技旧記』という店に飛び込んだ。店内に充満する芳醇な出汁の香りと、客たちの低く心地よい話し声が、外の喧騒を遮断するノイズとなって耳に届く。運ばれてきたワンタンの、透き通った皮の弾力。箸で持ち上げたときにわずかに震えるその形に、張り詰めていた心がふっと緩むのを感じた。口の中で弾けるスープの熱さは、外の不快な湿気とは違う、内側から身体を芯まで温めてくれる「正しい温度」だった。
「っていうか、私たち本当に目的地に辿り着けるのかな」
誰かが小さく呟いたけれど、誰も答えなかった。ただ、誰の靴が一番ひどく濡れたかを競いながら、私たちは声を上げて笑っていた。雨が上がった後の街は、まるでフィルターをかけたように色が濃くなる。大湖の街並みが水に洗われて鮮明に浮かび上がり、遠くの山々は深い緑の層となって重なり合っていた。私たちはあえて急がず、水溜まりを避けるのではなく、あえて踏み抜くような歩き方で、予約していた宿へと向かった。目的地に向かうまでのこの不自由さこそが、旅という名の贅沢な時間なのだと、確信していた。
街の特等席で見つけた、沈み込む静寂
辿り着いた『采莓行館Caimei Hotel』の扉を開けたとき、外の喧騒がふっと途切れた。エレベーターに乗り込み、ボタンを押す。上昇するにつれて耳の奥がわずかに圧迫される感覚があり、それが日常という重力から切り離されていく合図のように感じられた。八階の部屋に足を踏み入れた瞬間、私たちは誰が一番先にベッドにダイブするかで、またくだらない競争を始めた。
和室の畳が持つ、あの乾いた草の清々しい匂い。それが鼻腔を抜けたとき、ようやく身体の緊張がほどけた。特に驚いたのは、ラテックスマットレスの包容力だ。身体を預けた瞬間、ゆっくりと、けれど確実に吸い込まれていく。それは単なる寝具というより、心地よい重力に身を任せるための繭のような装置に近い。私たちはそこで、枕の硬さを巡って本気で言い争い始めた。ソフト派とハード派に分かれ、どちらがより「正解」の眠りを手に入れられるか。そんな些細なことで時間を費やす自分たちが滑稽で、けれどたまらなく自由だった。
窓の外に目を向けると、大湖の街が精巧なミニチュアのように広がっていた。八階という高さは、視点を変えるだけでなく、心の距離さえも変えてくれる。遠くに見える草莓田の風景が、夏の強い陽光に照らされて、淡い色彩のパッチワークのように見えた。浴室にある浴槽に身を沈め、一日の疲れを溶かし出していく至福の時間。そして翌朝、期待していた通りに提供された豪華で豊かな朝食が、旅の締めくくりを完璧なものにしてくれた。ここでは、誰に気を遣う必要もない。ただ、そこに在るだけの自分に戻ることができる。夜が深まり、街の音が遠い記憶のように薄れていく中で、私たちはまた、明日どこで迷おうかという話をしていた。
窓の外で、雨上がりの空が不自然なほど濃い青に染まっていた。
- 江技旧記のワンタンを、あえて雨が降り始めたタイミングで味わう。
- 采莓行館Caimei Hotelの八階から、大湖の街が小さく見えるまでぼーっと眺める。