← 回到 采莓行館Caimei Hotel

「誰が地図を読み間違えたか」という不毛な議論

「賭けてもいいけど、あいつ絶対途中で方向間違えたでしょ!」
「はあ?私はちゃんと看板見たし。むしろ君が『こっちの方が近道っぽい』って言い出したんじゃないの?」
「あー、それは認める。でも結果的に、見たことない綺麗な道に出会えたんだから、これは作戦勝ちでしょ」
「作戦っていうか、ただの迷子だよね。誇張抜きで、もう二度と君にナビは任せない!」

自転車のチェーンが軋む音と、激しい笑い声が黄金色に輝く苗栗の田園風景に響き渡る。九月の風は、頬に触れると少しだけ冷たく、肺の奥まで洗われるような清涼感があった。私たちは誰が一番の間抜けだったかを決めようと、わざと大声で言い合い、互いの情けない顔を突きつけ合う。ペダルを漕ぐ足が重くなる頃、そんな不毛な言い争いこそが、私たちの旅の心地よいリズムになっていた。

喧騒を脱ぎ捨てて、静寂に身を沈める特等席

采莓行館Caimei Hotelの敷地に足を踏み入れたとき、まず驚いたのは広々とした駐車場の余裕ある設計だった。愛車を停める際の不安さえも消し去ってくれるその空間に、この宿が持つホスピタリティの片鱗を感じる。ロビーに入れば外の騒がしさはふっと消え、心地よい静寂に包まれた。エレベーターで八階へ上がると、そこには大湖の街をまるごと見下ろせる、特等席のような空間が広がっていた。

ドアを開けて最初に足が触れたのは、ひんやりとしたタイルの温度。そこから数歩進めば、和室の畳が放つい草の香りが鼻をくすぐり、旅の緊張がゆっくりとほどけていく。内装は洗練された高級感に溢れ、特に浴室の機能美には心打たれた。乾湿分離された清潔な空間に、快適なエアコンが完備されており、汗ばむ季節でも心地よく身支度を整えられる。新しく設えられた浴槽に身を沈めると、温かな湯気が視界を白く染め、心身の疲れがじわりと溶け出していく感覚に浸った。

さらに、和室に備え付けられた大きなベッドの乳膠マットレスは、体を優しく包み込みながらも絶妙な反発力で支えてくれる。それは、深い眠りへと誘う心地よい揺り籠のようだった。深夜、ふと目を覚まして窓の外を眺めれば、街の灯りが小さな宝石のように散らばっている。八階という高さは、地上での些細な揉め事や、自転車で迷い込んだ時の焦燥感を、心地よい距離感まで遠ざけてくれる。深夜三時、静まり返った廊下を歩く自分の足音だけが、この高い場所で唯一の現実のように響いていた。ここは、自分たちが自分たちでいられるための、ちょうどいい空白のような場所だった。

街灯が滲む夜に、こぼれ落ちた本音

「ねえ、十年後も私たち、こんな風にくだらないことで喧嘩してるかな」
「どうだろうね。まあ、腰痛が悪くなって、自転車なんて乗れなくなってるかもしれないけど」
「あはは、それっぽい。でも、場所が変わっても、この空気感だけは変わってほしくないな」
「……そうだね。まあ、君がナビを任されないっていうルールだけは、一生守ってほしいけど」

部屋の明かりを半分消し、低い声で語り合う。窓の外で揺れる木の葉の音が、私たちの沈黙を優しく埋めていた。昼間の騒がしさが嘘のように、言葉の一つひとつが夜の静寂にゆっくりと溶けていく。正解なんてないし、明日どうなるかも分からない。けれど、今この瞬間に、隣で同じ呼吸をしている誰かがいる。その事実だけで、十分すぎるほどだった。私たちは、お互いの弱さをさらけ出すことが、最大の信頼であることに気づいていた。不器用なまま、不完全なまま、それでも一緒にいられる。そんな深い安心感が、この部屋の静寂に満ちていた。

窓の外では、秋の月が静かに街を照らしていた。

  • 八階からの眺めを独占するために、早起きして朝の澄んだ空気を吸い込んでほしい。
  • 街歩きの後は、江技旧記のワンタンで、体の芯から温まる時間を過ごしてほしい。