← 回到 苗栗馥藝金鬱金香酒店

指先に残る、ささやかな記憶

四方農場のミルククッキー。プラスチックの袋を指先でなぞると、カサカサという乾いた音が静まり返った部屋に心地よく響く。ゆっくりと袋を開けた瞬間、濃厚で淡いバターの香りがふわりと鼻をくすぐり、緊張していた心がわずかに緩んだ。手のひらに乗せたクッキーは驚くほど小さく、どこか不器用な円形をしている。指先に触れる表面はわずかにざらついていて、口に運ぶと、さらさらとした砂糖の粒子が舌の上で静かに溶けていった。ミニバーの冷たい飲み物の隣にひっそりと置かれていたその小さな甘さは、ホテルの豪華な装飾とは対照的な、とても素朴で温かい温度を持っていた。

完璧な光と、不完全な私たち

「ねえ、このホテル、ちょっと豪華すぎない?」

ふと、あなたがそう呟いた。私たちは、ロビーに鎮座する巨大なクリスタルシャンデリアを見上げていた。光が細かく砕け、大理石の床にダイヤモンドの破片を散らしたような幻想的な空間。そのあまりに完璧な美しさに、私たちは少しだけ気後れし、自分たちがここにふさわしくないのではないかという錯覚に陥っていた。

「かもね。でも、このクッキーはちょうどいい」

私がそう答えて、もう一枚のクッキーをあなたの口元に運ぶ。あなたは少しだけ照れくさそうに笑い、それを小さく頬張った。もぐもぐと口を動かしているあなたの横顔を眺めながら、私はふと思った。完璧なシャンデリアの下で背筋を伸ばしていることよりも、この小さなクッキーを分け合っている今の時間の方が、ずっと心地いい。

「本当だ。なんだか、急に安心したよ」

私たちはそのまま、窓の外に広がる竹南運動公園の深い緑を、しばらくの間、何も言わずに眺めていた。

記憶の繭の中で見つけた余白

チェックアウトして日常に戻った後も、あのミルククッキーの素朴な感触だけが、不思議と指先に残っている。苗栗馥藝金鬱金香酒店という場所は、私にとって単なる宿泊施設ではなく、ふたりの呼吸とリズムを合わせるための、大きな繭のような空間だったのかもしれない。

三月の苗栗は、空気がとても柔らかい。肌に触れる風は冷たすぎず、かといって温すぎることもない、絶妙な均衡を保っていた。私たちが宿泊した「高級雙人房」の重厚な絨毯の上を、裸足で歩いたときの感覚を覚えている。足の裏に伝わる厚みのある感触が、外の世界の喧騒をすべて吸い込んでくれるようだった。特に印象的だったのは、バスルームのタイルの温度だ。自動暖房機能のおかげで、足元からじんわりと伝わる温もりが、強張っていた心まで丁寧に解きほぐしてくれた。SPAエリアで心身を委ねた後の、あの深い充足感。身体的な心地よさが、心の壁を少しずつ溶かしていった気がする。

ロビーに停まっていたヴィンテージのBMW。その深い色合いの塗装を眺めながら、私たちは自分たちの関係について、言葉にできない小さな不安を抱えていた。けれど、ここではその不安さえも、風景の一部として受け入れられる。豪華な空間に身を置くことで、かえって自分たちの小ささや不完全さが際立ち、それが不思議と心地よかった。不完全であることは、欠けていることではなく、これから何かで満たされるための「余白」なのだと、この場所が教えてくれた気がする。

ふと思い立って、外へ出た。道を挟んで向かいにある万坪の運動公園。三月の陽光を浴びた芝生は、目に眩しいほどの鮮やかな緑色をしていた。ゆっくりと歩くあなたの歩幅に、私の歩幅を合わせてみる。ときどき足並みが乱れるけれど、それでいい。むしろ、そのズレを修正し合う瞬間にこそ、ふたりの親密さが宿っている。途中で立ち寄った「江技舊記」で食べたワンタンの、熱いスープの温度。もちもちとした皮と出汁の優しい味が、冷えかけた指先まで温めてくれた。

四月の桐花祭が始まれば、街は白い花で埋め尽くされるだろう。けれど、私たちはこの、まだ何かが始まる前の、静かな三月の時間を一緒に過ごせた。それは、どんな派手なイベントよりもずっと価値のあることだった。豪華なシャンデリアの光よりも、小さなクッキーを分け合ったときの、あのささやかな静寂。その静けさこそが、私たちにとっての本当の贅沢だったのだと、今ならわかる。

夕暮れ時、ロビーに灯りがともり、街がゆっくりと夜に溶けていく。

  • ホテルの向かいにある竹南運動公園を、あえて目的もなくゆっくりと散歩することをおすすめします。
  • 地元の名店「江技舊記」で、心まで温まる熱々のワンタンを味わってみてください。