← 回到 虎山溫泉會館(湯之島)-泰安溫泉

15:00、肺の奥まで凍てつく冷気と、足裏に伝わる微かな震え

鼻の奥をツンと刺すような、乾燥した冬の冷気。1月の苗栗は空気があまりに透明で、遠くの山々の輪郭が鋭いナイフで切り取られたかのようにくっきりと見えていた。私たちは、汶水溪の河床に浮かぶ孤島へと続く吊り橋を渡っていた。足を踏み出すたびに、足裏から伝わってくる小さく、けれど確かな振動。眼下で激しく鳴り響く川の轟音と、風に揺れる橋の不安定さが、今の私たちの関係に似ている気がして、私はふと視線を落とした。近づきたいけれど、どこか決定的なリズムが合わない。そんな心地悪い緊張感が、冷たい空気とともに肌にまとわりついていた。

「……寒いね」

どちらからともなく漏らした言葉に、ぎこちない笑いが重なる。かっこつけようとしていたけれど、寒さでガチガチと鳴る歯の音が、下手なパーカッションのように静寂に響いていた。そんな情けない音が、かえって凝り固まった空気を少しだけ柔らかくしてくれたのかもしれない。辿り着いた「虎山溫泉會館(湯之島)-泰安溫泉」は、どこか懐かしい歴史の香りを纏っていた。エレベーターのない三階まで、重い荷物を抱えて階段を登る。その途方もない身体的な疲労が、不思議と心の壁を削り落としていく感覚があった。

部屋に戻り、石造りの浴槽に体を沈めたとき、皮膚がじわじわと熱に溶かされていく快感に襲われた。石のザラついた質感が背中に当たり、心地よい刺激となる。お湯に浸かると、感情にも心地よい重さが生まれる。それまで抱えていた、言葉にできない不安や、相手にどう思われているかという些細なノイズが、濃厚な湯の重みで静かに底へと沈んでいく。私たちは多くを語らなかった。ただ、立ち上る白い湯気に包まれ、お互いの呼吸が次第に同じテンポに同期していくのを、静かに観察していた。この境界線を越えて、同じ温度に浸かっているということ。それだけで、十分な対話になっているのだと感じた。

23:00、白い湯気の向こう側に溶けていく、不確かな距離感

テーブルの上に置かれたチョウザメ火鍋から、濃密な白い湯気がゆらゆらと立ち上がっていた。スープを一口啜ると、コラーゲンを含んだとろみのある質感が舌にまとわりつき、体の芯からじわりと熱が広がっていく。白身の魚の淡白な甘みが、冷え切った心と体をゆっくりと解きほぐしていく。旅のハイライトとは、豪華な景色を眺めることではなく、こういう、胃袋が満たされる瞬間の静寂にあるのかもしれない。相手が野菜を皿に取り分けてくれる、その何気ない手の動き。湯気に濡れてわずかに震える睫毛。誰も写真に撮らないような小さなディテールにこそ、本当の親密さが宿っている気がした。

「ここ、本当に静かだね」

密月房という名にふさわしい、親密な空気が流れる部屋。私たちは、お互いのことをまだ全部は知らないし、これからも知らない部分があるだろう。けれど、その「空白」こそが、この旅を心地よいものにしているのだと思う。すべてをさらけ出す必要はない。ただ、同じ空間で同じ温度を共有しているという事実だけで十分だった。

部屋の灯りを落とし、大きなベッドに潜り込む。リネンのひんやりとした感触が、火鍋で温まった肌に心地よく馴染む。窓の外では、冬の山風が木々を激しく揺らす音が聞こえるけれど、この厚い壁と布団の中にいれば、世界から完全に切り離されたような絶対的な安心感がある。隣に誰かがいるという事実は、時に重荷になるけれど、ここではその重みが、心地よい重力のように私を繋ぎ止めてくれた。「虎山溫泉會館(湯之島)-泰安溫泉」の静寂の中で、私たちは明日何を話そうか、どこへ行こうかという計画さえ立てなかった。ただ、今のこの温度と、静かな呼吸の音だけを信じて、ゆっくりと意識を沈めていく。不確かなままでいい。答えを出さないまま、隣にいることの贅沢さを、私たちは静かに分かち合っていた。人生で一番大切なことは、正解を見つけることではなく、心地よい不確かさの中に留まる方法を見つけることなのかもしれない。

枕元に置いたコップの水に、月明かりが静かに揺れていた。