← 回到 日出溫泉渡假飯店

「……ちょっと、熱いかな」

「どうだろう。入ってみないとわからないし」

私はそう答えて、指先だけをそっと水面に触れさせた。指先に伝わるのは、予想よりもずっと濃厚な熱。隣に立つあなたの肩が、少しだけ強張っているのがわかる。しんとした空気の中に、かすかに硫黄の香りと濡れた石の匂いが混じっていた。私たちはどちらからともなく、ゆっくりと、その境界線を越えていくことにした。足首、膝、そして腰まで。肌が熱に浸食される感覚が、心地よくて、少しだけ怖かった。

境界線を溶かす、42℃の静寂

日出溫泉渡假飯店に足を踏み入れたとき、まず耳に入ってきたのは、山あいの静寂を切り裂くのではなく、むしろ優しく包み込むような風の音だった。もらったばかりの木製の下駄を履いて廊下を歩くと、カラン、コロンと乾いた音が心地よく響く。その音が、今の私たちの関係みたいに、どこかぎこちなくて、それでいて心地よいリズムを探っているような気がした。ふと足元を見ると、下駄のサイズが少し大きすぎて、歩くたびに踵が浮いている。それに気づいたあなたが小さく吹き出したとき、この旅で初めて、張り詰めていた空気がふわりと緩んだ。そんな、取るに足らない瞬間が、実は一番大切だったのかもしれない。

部屋の窓の外には、9月の苗栗の山々が深い緑を湛えて広がっている。冷ややかな秋の空気が肺の奥まで満たされる感覚。そこに、場違いなほど鮮やかな椰子の木が点在しているのが目に入る。台湾の山奥に、どこか遠い異国の記憶が紛れ込んだような、奇妙で心地よい違和感。私たちはその違和感に身を任せて、水療センターの42℃の炭酸泉に体を沈めた。お湯は無色透明で、けれど肌に触れた瞬間、絹のような滑らかさが全身を包み込む。それは、単に「滑らかだ」と言うだけでは足りない質感だった。皮膚の表面に薄い膜が張ったかのように、外の世界との境界線が曖昧になっていく感覚。

お湯の中で、私たちはあまり多くを語らなかった。ただ、水面から立ち上がる白い湯気が、あなたの横顔を柔らかくぼかしている。はっきりと見えないことが、かえって安心させた。すべてをさらけ出す必要はない。ただ、同じ温度の液体に浸かり、同じリズムで呼吸をしている。そのことだけで、十分な対話になっている気がした。孤独というものは、消し去るべきものではなく、二人で共有できる静かな臓器のようなものだ。ここでは、その孤独さえも、心地よい温度で満たされていく。

翌朝、レストランで出された地瓜粥の温かさが、胃のあたりからゆっくりと広がっていく。控えめな甘みと、添えられた豆腐乳の塩気が、口の中で静かに調和していた。派手さはないけれど、嘘のない味。その粥をゆっくりと噛み締めながら、私たちはまた、日常という名の冷たい空気の中へ戻る準備を始める。けれど、肌に残ったあの滑らかな感触と、湯気の中でぼやけていたあなたの輪郭だけは、指先から消えないままでいた。私たちは、完璧な答えを見つけたわけではない。ただ、ちょうどいい温度の探し方を、少しだけ覚えた気がする。

夜の山に溶け込むように、最後の一滴までお湯に浸かっていた。

  • ぜひ、地瓜粥をゆっくりと味わって。その控えめな甘さが、心を静かに整えてくれるから。
  • 予定を詰め込まずに、ただ二人で椰子の木の下を歩いてみて。不器用な会話が、心地よく響くはず。