← 回到 日出溫泉渡假飯店

霧の海に浮かぶ、エメラルドの幻想

車の窓を少しだけ開けると、十一月の苗栗の空気は、想像していたよりもずっと鋭く、肺の奥まで冷たく洗い流してくれた。助手席に座る次男が「ねえ、ここって本当に台湾なの?」と、不思議そうに呟く。視界の先に現れたのは、乳白色の深い霧に包まれた山あいに、不自然なほど鮮やかにそびえ立つヤシの木だった。日出溫泉渡假飯店に足を踏み入れた瞬間、私たちは台湾の山奥にいるはずなのに、どこか遠い南国の島に迷い込んだような、心地よい錯覚に囚われた。長男は「バリ島みたいだ!」と大はしゃぎで走り出し、私はその小さな背中を追いかけながら、この場所が持つ奇妙な矛盾について考えていた。肌を刺す冷たい霧と、目の前に広がる南国の熱を帯びた景色。その温度差が、かえって私たちの意識を「今、ここにいる」という鮮烈な実感へと引き戻してくれる。子供たちの瞳には、大人が見落としてしまうような小さな色の変化が映っていた。彼らが指差した先の、深い緑の隙間にひっそりと潜む猿の姿。その小さくて黒い影が、ここが単なるリゾートではなく、野生の呼吸が混じり合う生きた場所であることを静かに教えてくれていた。

静寂を心地よく乱す、木の靴の調べ

チェックインを済ませ、案内された廊下を歩くと、足元に用意されていた木製の履物が、カチ、カチと乾いたスタッカートのような音を立てた。その音は、静まり返った山の中の静寂を切り裂くのではなく、むしろ心地よいリズムとなって空間に溶け込んでいた。次男がわざと足音を大きく鳴らして歩き、それに合わせて長男が屈託のない笑い声を上げる。大人の世界であれば「静かにしなさい」と嗜められる場面かもしれないが、ここではその騒がしささえも、旅という特別な時間の一部として許容されている気がした。ふと耳を澄ませると、遠くで渓流のせせらぎが、低い周波数で絶え間なく鳴っているのがわかる。それは、太古から誰かが歌い続けてきた子守唄のように、一定のテンポで繰り返されていた。さらに、ホテルに併設されたプールから聞こえてくるかすかな水の跳ねる音や、家族連れの賑やかな話し声が重なり合い、不思議な調和を生んでいた。完璧な静寂よりも、こうした不完全で人間らしい音が重なり合っている方が、ずっと安心できる。私たちは、ただ心地よいノイズに身を任せ、期待に胸を膨らませて部屋へと向かった。

絹のヴェールに包まれる、心身の解凍

部屋に入り、真っ先に向かったのは湯船だった。四十二度の碳酸氫鈉泉に体を沈めた瞬間、冷え切っていた指先から、ゆっくりと血が巡り始めるのがわかった。それは、凍りついていた感情が、時間をかけてゆっくりと溶け出していくような感覚だった。お湯は透き通っており、肌に触れると、まるで薄い絹の膜をまとったようにぬるぬるとした質感が残る。次男が「お湯が、お餅みたいにねばねばしてる!」と大声を出し、お湯をパシャパシャと跳ね上げた。本来なら注意するところだけれど、その飛沫が頬に当たったとき、それが驚くほど心地よくて、つい笑みがこぼれた。外気は冷たく、湯船から出ればすぐに肌が粟立つ。けれど、その寒さが、お湯の中にある至福の幸福感をより鮮明に際立たせていた。身体の強張りが消え、筋肉が緩んでいく。それは、長い間、誰かの期待に応えようとして張り詰めていた肩の力が、ふっと抜けていく感覚に似ていた。私たちは、ただお互いの存在を肌で感じながら、白い湯気の中でぼんやりと時間を過ごした。正解のない問いを考えるのはやめて、ただ、このぬるぬるしたお湯の温度だけを信じていたかった。

黄金色の温もりが溶け合う、家族の食卓

翌朝の朝食で出された地瓜粥を、子供たちが夢中で口に運んでいた。白い湯気がゆらゆらと立ち上る器の中で、黄金色に輝くお粥は、素朴で、けれど嘘のない味がした。そこに添えられた地元の豆腐を一口食べると、大豆の濃厚な香りが鼻に抜け、冷えた身体の芯からじんわりと温まっていく。長男は「このお豆腐、お家で食べるのと全然違うね」と、真剣な顔で分析していた。豪華なフルコースではないけれど、その一口ごとに、この土地の土と水、そして誰かが丁寧に育てた時間が凝縮されている気がした。子供たちが、お粥の盛り付けを巡って小さな喧嘩を始め、それをなだめる親たちの溜息。そんなありふれた食卓の風景が、この日出溫泉渡假飯店という場所にあることで、なぜかかけがえのない特別な記憶に変わっていく。食事という行為は、単に栄養を摂ることではなく、同じ温度のものを共有し、同じ時間を分かち合うことなのだと思い出させてくれた。最後の一口まで、温かさが消えないうちに飲み干したとき、私たちは、この旅で一番大切な「心の充足」を手に入れたのかもしれないと感じた。

記憶の底に刻まれる、硫黄と森の吐息

ホテルを後にする直前、ふと自分の髪から、かすかな硫黄の香りが漂っていることに気づいた。それは、この場所が持つ固有の署名のようなものだ。同時に、雨上がりの森が放つ、湿った土と深い緑の匂いが風に乗って運ばれてきた。十一月の苗栗の空気は、澄んでいて、けれどどこか懐かしい香りがする。子供たちが、ロビーの隅で最後にもう一度だけヤシの木を眺めていた。彼らの小さな鼻腔に、この不思議な南国の香りと、山の冷たい空気がどう刻まれたのだろう。おそらく、数年後、ふとした瞬間に同じような匂いに出会ったとき、彼らはここで過ごした、騒がしくて温かかった時間を鮮明に思い出すはずだ。記憶とは、視覚よりも嗅覚に深く結びついている。私たちは、お互いの服に付いた小さな埃を払い合いながら、再び車に乗り込んだ。バックミラーに映るホテルが、白い霧の中にゆっくりと消えていく。けれど、肌に残るぬるぬるした感覚と、鼻腔に残る硫黄の香りは、消えない印のように私たちに寄り添い、日常に戻る勇気をくれた。

霧のなかで、子供たちが笑いながら手を振っていた。

  • 十一月の山間部は冷え込むため、子供用の厚手のパジャマや靴下を多めに持参することをお勧めします。
  • 泰安温泉特有の泉質を最大限に楽しむため、入浴後は保湿クリームで肌をいたわってあげてください。