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湿ったシャツと、正解のないナビゲーション

8月の苗栗は、空気がそのまま質量を持っているかのように重く、肌にまとわりついていた。後頸にぴたりと張り付くTシャツの不快感と、車内に充満する冷房の乾いた匂い。僕たちは「雨が降り出す前にチェックインできるか」にコンビニのアイスを賭けていたが、結果的に得られたのは、フロントに辿り着く前にずぶ濡れになった靴と、誰のせいか分からないルートミスによる30分のタイムロスだった。ナビを担当していた友人が「ここであってるはず」と自信満々に言い切るたびに、助手席から「絶対違う」という鋭いツッコミが飛ぶ。そんな、いつもの、なんてことない喧嘩のBGMが、車内の狭い空間に反響していた。窓の外では、濃い緑色の山々が雨に煙って、境界線が曖昧な水彩画のようにぼやけている。正直、誰がナビを担当していても、結局は同じように迷い、同じように文句を言い合っていたと思う。でも、そのもどかしさこそが、旅という名の「チーム作戦」を心地よくさせていた。タイヤが濡れたアスファルトを叩く湿った音が、僕たちの焦燥感を心地よく煽り、車内に漂う微かな甘いアイスの香りが、張り詰めた空気を緩めていた。僕たちは、正解のない地図を辿る快感に、密かに酔いしれていたのかもしれない。

迷い込んだ先にあった、土と緑の呼吸

ふと、視界に飛び込んできたのは、雨に濡れて鮮やかさを増した水色の看板だった。予定していたルートからは明らかに外れていたけれど、そこには「フイフォン自動車」という、旅の目的地とは全く関係のない文字が立っていた。僕たちはそこで一度車を止め、窓を数センチだけ開けた。その瞬間、肺の奥まで届くような、濃い土と濡れた草の匂いが一気に流れ込んできた。それは都会では決して嗅ぐことのない、生命が呼吸しているような、濃密で野生的な香りだった。誰かが「あ、ここ右でいいんじゃない?」と呟いた。根拠のない直感に従ってハンドルを切ると、道は急に狭くなり、左右を深い緑に囲まれたトンネルのような空間に変わった。不便さと心地よさは、案外、同じコインの裏表のようなものだという気がする。雨粒がフロントガラスを叩く不規則なリズムを聴きながら、僕たちは誰からともなく口をつぐみ、ただ目の前に広がる、名前も知らない山あいの景色を眺めていた。完璧な計画を立てることよりも、こうして「正解」を外した先にある景色に、本当の旅の手触りがある。濡れた路面が鈍く光り、深い森の奥から聞こえてくる鳥の声が、僕たちを未知の世界へと誘っていた。

白濁の湯に溶ける、旅の喧騒

苗栗 山城山莊溫泉旅館のドアを開けた瞬間、外の湿った熱気が嘘のように消え、ひんやりとした静寂が肌を撫でた。部屋に入り、誰が一番いいベッドを確保するかという、小学生のような争奪戦が始まった。古き良き時代の面影を残す木の床が、歩くたびに小さく軋み、それがかえってこの場所の歴史を物語っているようで心地よい。でも、そんな喧騒も、浴室の扉を開けた瞬間に止まった。そこにあったのは、白濁した、どこか密やかな空気を纏った湯。足先を浸した瞬間、皮膚の表面に薄い膜が張るような、独特の滑らかさが広がった。美人湯と呼ばれるそのお湯は、まるで剥いたばかりの葡萄の皮のように滑らかで、指先が触れ合うたびに、心地よい摩擦が消えていく。お互いの顔を見合わせて「これ、本当に肌がツルツルになるな」と、さっきまでの言い争いが嘘のように穏やかな声で笑い合った。気さくなオーナー夫妻の温かいもてなしに触れ、心まで解きほぐされていく。湯上がりには、地元ならではのレッドデートとセンソウのデザートを囲んだ。レッドデートの濃縮された深い甘みと、センソウのひんやりとした弾力が、火照った体に心地よく染み渡る。深夜3時、エアコンの低いハム音だけが響く部屋で、僕たちは明日どこへ行くかも決めないまま、ただこの贅沢な静寂に身を任せていた。この場所で過ごす時間は、何かを解決するためではなく、ただ「そこに在る」ことを許される時間だったのだ。

雨上がりの夜空に、ひとつだけ鋭く光る星が見えた。

  • 部屋の美人湯に浸かりながら、あえてスマホを機内モードにして、水の音だけを聴いてみてほしい。
  • チェックアウト前に、オーナー夫妻の気さくな笑顔に、旅の失敗談をひとつだけ話してみること。