鼻先をくすぐるのは、焼きたてのワッフルの香ばしい匂い。それはどんな目覚まし時計よりも確実に、意識を覚醒させる。テーブルの上では、ジャムを塗りすぎたパンが皿からはみ出し、下の子が「もっと塗りたい!」と主張して、小さな指がベタベタになっている。上の子は、自分の分をきれいに食べることに集中しているけれど、時折、隣の弟の混乱ぶりを冷めた目で眺めていた。そんな、いつもの「チーム作戦」のような朝。窓の外に目を向けると、4月の柔らかな光に照らされた緑の中に、時折ひょっこりと猿の姿が見え、子供たちは歓声を上げる。スタッフの方が、子供たちの様子を見て、さりげなく多めのナプキンを差し出してくれたとき、ふっと肩の力が抜けた。泰安湯悅溫泉會館の豊かな朝食ビュッフェを囲みながら、口の中にある温かい飲み物がゆっくりと体温を上げていく。この不完全な調和こそが、家族というものの正体なのかもしれない。
14:00, 色が混ざり合う不思議な時間
指先に触れる絵具の、ひんやりとした質感。ここでは水面に色を浮かべて模様を作るマーブリング体験に挑戦した。水面に落とした色が、ゆっくりと、でも確実に形を変えていく。下の子は、最初こそ慎重だったけれど、次第に「虹色にしたい!」と、考えつく限りの色を全部投入し始めた。結果として出来上がったのは、芸術的というよりは「溶けたアイスクリーム」のような、得体の知れない模様の扇子だった。「これ、前衛的だね」と私が言うと、本人は満足げに胸を張っていた。その横で、上の子はミリ単位で色の境界線を調整しようと、息を止めて集中している。大人がコントロールしようとするのではなく、水という流れに身を任せる時間。正解なんてないし、むしろ失敗したほうが面白い。そんな気がして、私もわざと色を混ぜすぎた。体験を終え、高爾夫球車(ゴルフカート)に揺られて部屋へ戻る道すがら、頬を撫でる風が心地よく、子供たちの弾むような会話が心地よいリズムを刻んでいた。
19:00, 森の風呂と白い雪の記憶
肌を刺す夜風の冷たさと、湯船の圧倒的な熱量。その鮮やかなコントラストが、今、一番心地いい。屋外の森林風呂に浸かると、視界いっぱいに広がるのは、夜の闇に浮かび上がる白い桐の花たち。風が吹くたびに、花びらがゆっくりと、まるで時間を忘れた雪のように肩の上に舞い降りてくる。ふと触れると、その花びらは少しだけ冷たかった。でも、体は温かい湯気に包まれている。この「湯気の円」の中にいるときだけは、親であることも、誰かの期待に応えることも忘れて、ただの「温かい物体」になれる気がした。下の子が「見て!雪が降ってる!」とはしゃぎ、上の子が「これは花だよ」と教える。そんなやり取りを、私はただ目を閉じて聞いていた。液体の境界線が曖昧になるこの場所では、誰が誰であるかよりも、ただ一緒に温まっているという事実だけが、確かな重みを持ってそこにあった。
22:00, 畳に沈み込む深い安らぎ
子供たちが、浴衣の裾をだらりと引きずったまま、畳の上で泥のように眠っている。その規則正しい寝息が、部屋の中の空気をゆっくりと満たしていく。私は、彼らの重なり合った背中を眺めながら、温かいお茶を一口飲んだ。畳のい草の香りが、かすかに鼻を抜ける。深夜の静寂の中で、遠くから聞こえる川のせせらぎが、より鮮明に、より深く、耳に届く。昼間のあの騒がしさはどこへ行ったのだろう。でも、その混沌があったからこそ、今のこの静けさが、贅沢なご褒美のように感じられる。旅の始まりに、下の子が大切にしていた恐竜の足がポキリと折れたとき、世界が止まったような絶望感があった。けれど、泰安湯悅溫泉會館で過ごしたこの時間は、そんな小さな欠損さえも、愛おしい記憶の一部に変えてくれた。完璧なスケジュールなんて、必要なかった。恐竜の足が折れたことも、扇子がめちゃくちゃになったことも、全部ひっくるめて、この旅の輪郭を作っている。私は、そっと子供たちの頭に手を置き、自分もゆっくりとその温かい空白の中へ沈んでいった。
肩に落ちた白い花びらが、まだそこに残っている気がした。
- 4月の桐花祭の時期に合わせて訪れ、山道を散歩しながら「白い雪」のような絶景を体験してみてください。
- マーブリング体験では、綺麗に作ろうとせず、子供と一緒に「偶然の形」を楽しむのが一番のコツです。