(友人Aの視点)
駅を出た瞬間、肺の中に熱い砂を流し込まれたような感覚に襲われた。七月の苗栗は太陽が白すぎて、視界の端が陽炎に滲んでいる。「本当にここで大丈夫か」――予約した『新興大旅社』という名前に、正直不安があった。古い旅社というのは、往々にして湿気と埃の匂いがセットになっているものだからだ。しかし、古びたガラス扉を開けた瞬間、外の暴力的な暑さが嘘のように消えた。ひんやりとした空気が肌にまとわりつき、ようやく正常に呼吸ができた気がする。窓枠の隅にさえ埃一つない潔い清潔さに、私の疑念は静かに溶けていった。
(友人Bの視点)
見て、あの看板のフォント!信じられないくらいレトロで最高じゃない?駅からの道を歩いている間、ずっとこの建物に辿り着くのが楽しみで仕方がなかった。軒下に燕が巣を作り、自由に飛び交う様子を見ていると、ここだけ時間がゆっくり流れているみたいでワクワクする。扉を開けると、そこには古い映画のセットのようなノスタルジックな世界が広がっていた。隣で友人の方は不安げな顔をしていたけれど、私は直感で分かった。こここそが今回の旅で一番の当たりだって。階段で派手に足を踏み外したけれど、あれはわざとやった演出にしておこう。
一つの食卓、二つの味覚記憶
(友人Aの視点)
ジャンジー・ジウジーのワンタンを口に運んだとき、まず感じたのは皮の絶妙な弾力だった。スープの温度が心地よく、具材からじわりと広がる出汁の深い味わいが、暑さで疲れ切った身体の芯まで染み渡る。特に添えられていた筍の控えめな甘みが、予想外に心に響いた。周りの喧騒なんて耳に入らず、ただ目の前の器の中にある小さな宇宙に集中していた。誰が会計を払うかで揉めていたはずなのに、その瞬間だけは、味覚以外のすべてが遠くに消えていたという気がする。
(友人Bの視点)
店の中のあのカオスな感じ、最高に苗栗っぽくて笑った。隣の席のおじさんたちの豪快な笑い声と、食器がぶつかるカチャカチャという賑やかな音。立ち込める白い蒸気で眼鏡が曇り、視界がぼやける。私たちは、誰が一番多く食べるかというくだらない賭けに興じていた。ワンタンの味ももちろん格別だったけれど、それ以上に、あの狭い店内で肩を寄せ合い、暑さに文句を言い合いながら笑い転げた時間が記憶に強く刻まれている。結局、会計の時に二人とも財布を忘れたふりをしたけれど、それも旅の醍醐味だよね。
私たちが唯一、静かに同意したこと
旅社の中心にある高い天井の下に立ったとき、私たちは同時に言葉を失った。上から降り注ぐ柔らかな光が、年月を重ねた壁に不規則な影を落としている。そこには豪華なホテルのロビーにあるような完璧な調度品は何ひとつない。あるのは、刻まれたコンクリートの無骨な質感と、時折聞こえてくる遠くの街の雑踏だけだ。しかし、その空白のような空間に身を置いていると、抱えていた小さな悩みや計画通りにいかない苛立ちが、どうでもいいことのように感じられた。ここでは、かっこいい自分を演じる必要もない。ただそこに存在しているだけでいい。そんな静かな肯定感に包まれ、私たちは互いに何も言わなかったが、きっと同じことを考えていたはずだ。
裸足で踏んだバスルームのモザイクタイルの冷たさが、心地よく夜を連れてきた。
- 苗栗駅からの徒歩5分という距離を、あえてゆっくり歩いて路地裏の空気を吸ってみて。
- オーナーが語る旅社の歴史に、ただ静かに耳を傾けてみる時間を大切に。