(友人Aの記憶)
正直、辿り着くまで「本当に正解だったのか」と疑っていた。6月の台中の湿度は、肌にまとわりつく濡れたタオルのように不快で、市道136号線を登る車内では、誰が一番先に「やっぱり市街地に帰りたい」と白旗を上げるか、密かな賭けをしていたほどだ。エアコンを最大にしても、首筋にはじっとりとした汗が残り、不快感だけが加速していく。けれど、酒桶山民宿 Chill hill cottage法蝶廚房、織丘莊園 Chill hill cottage法蝶廚房、織丘莊園 Chill hill cottage法蝶廚房、織丘莊園の真っ白な壁が視界に飛び込んできた瞬間、肺の中の空気がふっと軽くなった。深い緑の海にぽつんと浮かぶ南仏風の建物は、まるで現実世界からログアウトするための入り口のように見え、私は不意に心地よい喪失感に包まれた。
(友人Bの記憶)
車窓から入り込む風の匂いが変わったことに気づいたとき、私はもう別の世界に足を踏み入れていた。雨上がりの土が放つ濃厚な香りと、濃い緑の葉がぶつかり合う、ひんやりとした密やかな空気。タイヤが砂利を踏みしめる乾いた音が心地よいリズムを刻み、私はただ、窓の外を流れる深い森の景色に意識を溶かしていた。到着して最初に触れたテラスの手すりが、指先に突き刺さるほど冷たかったことが強く記憶に残っている。それが、都会の喧騒を完全に遮断した合図のように感じられた。誰かが不満を漏らしていたけれど、私はただ、標高800メートルの静寂に、早く身を任せたいと願っていた。
舌で味わう夏と、耳で聴く夜景
(友人Aの記憶)
法蝶廚房でのディナー。完全予約制という形式に、少しだけ背伸びをしているような気恥ずかしさがあったけれど、運ばれてきたマンゴーのデザートを見た瞬間、そんなことはどうでもよくなった。完熟したマンゴーが放つ、暴力的なまでの鮮やかな黄色。口に含んだ瞬間、蜜のように濃厚な甘みが舌の上でとろけ、喉の奥まで濃密な夏が流れ込んでくる。そこに合わせる冷たいお茶の、氷がカランと鳴る澄んだ音が、甘さを心地よくリセットしてくれる。味覚だけが極限まで研ぎ澄まされ、隣で誰が何を喋っているのか、半分も耳に入っていなかったと思う。ただ、あの甘さと冷たさの鮮烈なコントラストだけが、今も指先に残っている。
(友人Bの記憶)
料理の味よりも、あの空間に幾重にも重なっていた「音」の層が忘れられない。半屋外のレストランに身を置いていると、遠くで鳴き交わす蛙の合唱と、私たちのとりとめもない笑い声が、夜の静寂の中で心地よいアンサンブルを奏でていた。ふと視線を上げると、谷の向こうに広がる台中の街明かりが、まるで誰かが宝石箱をひっくり返したかのようにキラキラと輝いている。その光の粒が、自分たちのいる静かな山頂とは完全に切り離されており、贅沢な孤独を共有しているような気分だった。料理の香り以上に、夜の山の冷たい空気が、ワインの味わいをより深く、鮮やかに引き立ててくれていた気がする。
私たちが唯一同意したこと
翌朝、誰が最初に起きるかという賭けに負けて、全員でぼーっと眺めた雲海。それは視界のすべてを白く塗りつぶす、巨大な綿菓子の海のように幻想的だった。普段なら「誇張しすぎ」とか「写真の方が綺麗だ」とか、皮肉を言い合う私たちだけれど、あの瞬間だけは誰も何も言わなかった。ただ、肺の奥まで洗われるような冷たい空気に少しだけ肩を震わせながら、自分たちが今、世界の端っこに立っているという感覚だけを共有していた。言葉にする必要なんてない。というか、言葉にした瞬間に、この完璧な静寂がガラスのように砕けてしまいそうだったから。私たちはただ、同じ方向を向いて、ゆっくりと呼吸を合わせていた。
裸足で踏んだ部屋のタイルの冷たさと、窓の外に広がる深い緑のコントラストを、まだ指先に感じている。
- 6月の午後、忽然の雷雨が始まったら、無理に外に出ず、部屋で雨音のレイヤーに耳を澄ませてみて。
- 法蝶廚房のディナーは予約必須。街の灯りを肴に、あえて意味のない話を夜通しするのが正解。