← 戻る 秋保グランドホテル

浴衣の裾が、畳の上を小さく滑る音

心に刻まれた、家族の記憶を奏でる五つの音

「パタパタ」という、乾いた布が畳を叩く音。上の子が慣れない手つきで浴衣の帯を締めようと格闘している。糊のきいた生地が肌に触れる心地よい緊張感と、部屋に満ちる柔らかな電球色の光。もどかしそうに唇を尖らせるその姿は、まるで水面に浮かぶ一滴の雫が、表面張力で必死に形を保とうとしているみたいに見えた。結局、大人が手伝うことになったけれど、その不器用な時間こそが、旅の輪郭を鮮やかに描き出している気がする。

「カチャカチャ」と、トングが皿に当たる賑やかな音。秋保グランドホテルのビュッフェ会場は、空腹という名の強い奔流に飲み込まれている。次男が「カニ!カニ!」と歓声を上げながら走る足音が、厚い絨毯に吸い込まれてはまた跳ね返る。地元の山海の幸から漂う、香ばしい醤油とバターの濃厚な香り。完璧なマナーなんてどこにもないけれど、この混沌とした食卓の温度こそが、家族にとって一番心地よい正解だった。

「バシャン」という、小さな飛沫が上がる音。温泉の湯船で、下の子が自分の足の指を「魚がいた!」と大騒ぎして見せてくれた。白濁したお湯が肌を優しく包み込み、心地よい熱が芯まで染み渡る。その波紋がゆっくりと広がって、私の肩まで届く。今日一日、子供たちの後を追いかけて張り詰めていた心の強張りが、湯気に溶けてふっと消えていく。水の中にすべてを委ねるこの時間は、親にとっても、自分を取り戻すための聖域なのだろう。

「さらさら」と、笹の葉が風に揺れる音。7月の仙台、七夕の飾りが風に舞い、誰かの願い事が空に溶けていく。秋保の深い緑が、毛細管現象のように街の喧騒を吸い上げ、代わりに森の静かな呼吸を運んできてくれる。磊々峡のせせらぎが遠くで響き、濡れた空気の重みが肌に心地よい。ただそこに立っているだけで、バラバラだった家族の心が、一つのチームとして静かに結びついていく感覚があった。

「カチッ」と、客室のドアが閉まる音。本館15畳和洋室の広い空間に、一瞬だけ深い静寂が訪れる。子供たちが畳の上で転がり回り、やがて深い眠りに落ちた後の、あの独特な静けさ。それは、激しく波打っていた水面が、ようやく鏡のように凪いだ状態に近い。明日になればまた騒がしい一日が始まるけれど、今はただ、隣で眠る家族の静かな体温だけを、大切に抱きしめていたい。

子供たちの小さな寝息が、夜の静寂に溶けて部屋の隅まで満ちていく。

  • ビュッフェのカニを堪能するなら、混雑を避けて少し早めの時間帯に作戦を立てて向かうのがおすすめです。
  • 磊々峡まで足を伸ばし、7月の湿った風と深い緑が織りなす、秋保ならではの静寂に身を委ねてみてください。