← 戻る 秀花園 湯の花膳

眠いままに見た、あの青い海の色

眠いままに見た、あの青い海の色

5年後の私たちへ。あの時の熱海、覚えてる?計画を立てるのが面倒で、結局駅に着いてから「なんとなく」で動いた、あのめちゃくちゃで愛おしい旅のこと。2月の空気は刺すように冷たくて、肺の奥まで洗われるような心地よさがあったね。

記憶の底に沈殿する、四つの断片

指先に伝わるホットハニーレモンの熱と安堵
駅からのシャトルバスを降り、秀花園 湯の花膳に足を踏み入れた瞬間。外の冷気で指先が白く強張っていた私たちに差し出された、あの温かい一杯。甘酸っぱい湯気が鼻腔をくすぐり、「ふぅ」と吐き出した白い息と共に、心まで解きほぐされていった。あの温度だけは、今でも身体の細胞が覚えている気がする。

静寂を分かち合った、部屋の中の一輪の花
女将さんが全室に生けてくれたという、凛とした一輪の花。冬の静まり返った客室の中で、その花だけが内側から鮮やかな生命力を押し上げているように見えた。凍った地面を突き破って芽を出す蕾のような、静かだけれど強烈な変容の予感。「誰が一番に寝落ちするか」なんてどうでもいい賭けをしながら、私たちはその花を眺めていたね。

金目鯛の濃厚な脂と、畳の上で溶け合う時間
わざわざレストランへ向かわず、い草の香りが心地よい畳の上でいただく「部屋食」。金目鯛の濃厚な脂が舌の上でとろける快感と、遠くで低く唸る冬の波音。ふかふかの布団まであと数歩という至近距離で、私たちは美味しいものを食べて、ただ笑い合った。誰にも邪魔されず、自分たちの呼吸に合わせて時間を消費できる贅沢さが、そこにはあった。

「人生の初心者」だったスタッフさんと交わした視線
接客してくれる方が、どこか初々しくて、まるで私たちと同じ「人生の初心者」のように見えたこと。完璧なマニュアル通りではないけれど、一生懸命に振る舞うその姿に、不思議と深い安心感を覚えた。「正解なんてなくていいよね」と心の中で呟いた、あのゆるい連帯感。あれこそが、この旅で一番「私たちらしい」瞬間だったと思う。

5年後の封筒をそっと開いたとき

たぶん、旅の行程表なんてものは、とうの昔にゴミ箱に捨てているだろう。けれど、あの部屋の畳の匂いや、深夜にこっそり分かち合ったおむすびの塩気、そして窓の外に宝石のように散らばっていた夜の熱海の街明かり。そういう、名前のない小さな感覚だけが、記憶の底に沈殿して残っているはずだ。

特に、朝6時に目が覚めて、まだ半分夢の中にいたままに見た相模湾の青さ。それはどんな写真でも再現できない、あの瞬間にしか存在しなかった、深く、透き通った色だった。思い出そうとすると、少しだけ胸が締め付けられるけれど、それは寂しさではなく、心地よい充足感に近い何か。私たちはきっと、あの不完全で、だからこそ完璧だった旅があったから、今の自分たちでいられるのかもしれない。

湯上がりの火照った肌に、冬の夜風が心地よかったことだけを覚えていて。

  • 2月の梅まつりは予想以上に混雑するため、早起きして誰よりも先に蕾の呼吸を聴きに行くのがおすすめ。
  • 秀花園 湯の花膳の部屋食を最大限に楽しむなら、あえて何もしない時間をスケジュールに組み込んでみて。