← 戻る 別府温泉 天空湯房 清海荘

畳の上を走る、小さな足音の温度

別府の空と海に溶け込んだ、家族の五つの記憶

抗菌畳の表面を裸足で駆け抜ける、パタパタという乾いた音。次男が大きすぎる浴衣の裾をひっかけて、派手に転びそうになりながら部屋の隅まで全力で走っている。畳のわずかな摩擦と、子供の弾けるような体温が混ざり合う感覚。それは、別府温泉 天空湯房 清海荘という静謐な空間で、ようやく「静かにしなさい」という日常の呪縛から解放された、小さな自由の宣言のように聞こえた。

屋上の展望貸切露天風呂で、熱いお湯が石の縁を絶え間なく叩く、低く心地よい音。隣で妻が、ふぅ、と深く長い息をつく。その音には、ここ数週間の仕事の忙しさや、子供たちの喧嘩をなだめてきた疲労感という名の重いコートを、硫黄の香るお湯の中に脱ぎ捨てた瞬間の軽やかさが混ざっていた。湯気の中で輪郭がぼやけた彼女の横顔を見て、私たちは言葉を交わさなくても、同じ温度の安らぎを共有しているのだと感じた。

庭園の竹林を揺らす、四月の少し冷たい春風のざわめき。カサカサと葉が触れ合う音は、どこか心地よい不協和音で、新しい生活への不安を抱えていたはずの心に、静かに浸透してくる。ふと見ると、娘が温泉の湯気を「ドラゴンの息だよ!」と叫んで、小さな手で必死に掴もうとしていた。手のひらがただ濡れただけだったけれど、その無邪気な笑い声が、張り詰めていた空気をふわりと緩めてくれた。

ラウンジで、温かいお茶を淹れた時の陶器のカップが触れ合う、小さなカチリという音。大人が交わす短い会話と、子供たちが菓子を頬張る咀嚼音。完璧な調和ではないけれど、バラバラなリズムが重なり合って、それが今の私たちの「家族」という形なのだと気づかされる時間。ヒノキの香りが漂うロビーから続くこの空間で、私たちはただ、そこに在ることを許されていた。

海側和室の窓に鼻を押し付けた、娘の小さな囁き。「ねえ、海が大きな青い布団みたいだよ」。ガラス越しに聞こえる、もこもことした、少しこもった声。大人が「絶景」という言葉で片付けてしまうものを、彼女はただの心地よい質感として捉えていた。視点を一度だけずらすことで、世界はこんなにも柔らかく、優しい手触りに変わる。その発見に、胸の奥がじんわりと温かくなった。

玄関を出る時、誰かが誰かの手を握り直した。

  • 庭園の竹林を、あえて何も話さずに歩いてみること。風の音だけが、今のあなたに必要な答えを教えてくれるかもしれない。
  • 屋上の貸切風呂で、お湯の温度にだけ集中する時間を持つこと。肩の力が抜けたとき、隣にいる人の本当の表情が見えてくる。