← 戻る グランヴィリオホテル別府湾 和蔵

潮風の匂いと、誰かの笑い声が混ざる夜

潮風の匂いと、誰かの笑い声が混ざる夜

「ラグジュアリー」の定義を巡る大喧嘩

「ねえ、誰がここを『大人の余裕があるラグジュアリーな旅』にしたの?ぶっちゃけ、駅からの20分、私の余裕は完全に消滅したんだけど!」
灼熱の太陽に焼かれ、肩で息をする友人が、恨めしそうにガイドブックを指差す。
「いいじゃん、いい運動だよ。見てよこの別府湾の青!最高に贅沢な景色じゃない?」
「最高なのはあなたのポジティブさだけ!結局、一番にバテて、情けない顔で歩いてたのは誰だったっけ?」
「……まあ、認めるよ。でも見て、このバイキングの天ぷら!揚げたてのパチパチいう音が、もう完全に反則でしょ。この黄金色の輝きに、疲れなんて全部蒸発しちゃったよ」
「あーもう、食い意地だけは一人前なんだから。まあいいけど、とりあえずこの山盛りのお皿、誰が片付けるか賭けない?」
笑い声が、潮風に乗って賑やかに弾けた。

潮風と木の香りに溶ける境界線

指先に触れる浴衣の綿は、少しだけ硬くて、でも肌に馴染む心地よい温度をしていた。グランヴィリオホテル別府湾 和蔵のロビーに足を踏み入れた瞬間、外の塩辛い潮風とは違う、どこか懐かしい白木の香りと、遠くで鳴っている誰かの柔らかな笑い声が耳に飛び込んでくる。5月の空気はまだ少しだけ冷たく、庭に咲き始めたバラの濃厚な香りが、鼻腔の奥を甘くくすぐった。

案内されたのはオーシャンルーム。窓を大きく開けると、別府湾の深い青が空の色と溶け合い、どこまでが海でどこからが空なのか分からない曖昧な境界線が広がっていた。その景色は、日常で張り詰めていた心の輪郭をゆっくりと溶かしていく。部屋に漂う静寂と、時折聞こえる波の音が、心地よいリズムとなって心拍数を下げていく。

一番の驚きは、展望大浴場だった。熱いお湯に身を沈めた瞬間、肩にずっしりと乗っていた見えない荷物が、すべて水の中に溶け出していく感覚がある。指先からじんわりと熱が伝わり、やがて身体全体が重力から解放されて、ふわりと浮かび上がる。この浮遊感は、単なる温度のせいではない。普段、誰にも見せない「本当の自分」という重い鎧を、ここでなら脱ぎ捨ててもいいのだという、静かな許可をもらった気分だった。水面に反射する光が天井で揺れるのを眺めているうちに、思考は凪いだ海のように静まり、ゆっくりと解けていった。

湯上がりに提供される冷たい乳酸菌飲料。グラスの結露で指先が冷たくなる感覚と、身体に残った熱い余韻。その鮮やかなコントラストが、今自分がここにいることを、強く意識させてくれた。シーサイドダイニングでは、ライブキッチンの活気が溢れていた。目の前で揚がる天ぷらの芳ばしい香りと、鉄板で焼かれる肉のジューシーな音が食欲を刺激する。地元の旬の味覚を囲み、絶え間ない冗談を言い合う。そこには、計画通りにいかない旅のストレスさえも、心地よいスパイスに変えてしまう不思議な魔法がかかっていた。

午前二時、静寂に灯る本音

「……ねえ、ぶっちゃけ、今の仕事、正解だと思う?」
部屋の明かりを消し、月光だけが差し込む空間。消え入りそうな低い声が、静寂の中に落ちた。
「正解なんてあるのかな。多分、みんな正解に見えるように、器用に振る舞ってるだけじゃない?」
「まあ、そうかもね。でも、たまに怖くなるんだよ。このまま、誰かが決めたテンポで歩き続けて、気づいたら全然違う場所にいたなって。……あはは、急に真面目すぎた?」
照れ隠しに小さく笑う友人の横顔が、暗闇の中でかすかに揺れている。
「いいんじゃない。この時間、この部屋で、この天井を見上げながらじゃないと、絶対に言えないことってあるし。ま、とりあえず今は、このふかふかのベッドに潜り込んでるのが正解だよ」
「確かに。……明日、チェックアウトまであと何時間あるんだっけ」
「もう、寝ろよ。明日の朝食、また競争なんだから」
昼間の喧騒が嘘のように、言葉のひとつひとつが、深い海の底に沈むようにゆっくりと心に染み込んでいった。

窓の外では、静かな波が寄せては返す音が、心地よい子守唄のように響いていた。

  • 展望大浴場での湯上がりドリンク。火照った身体に染み渡る冷たさが格別です。
  • シーサイドダイニングのライブキッチン。揚げたての天ぷらの音と香りに心躍ります。