← 戻る グランヴィリオホテル別府湾 和蔵

氷菓が溶けるまで、誰もしゃべらなかった

氷菓が溶けるまで、誰もしゃべらなかった

境界線を分かつ、静寂と歓喜

(Aの記憶)
靴を脱ぎ、最初の一歩を踏み出した瞬間の、あのひんやりとした感触が忘れられない。フローリングの冷たさが足裏からじわりと伝わり、張り詰めていた意識がふっと緩んで「やっと辿り着いた」と実感した。天井が高く、誰かが笑うたびにその声が心地よく反響し、空間に柔らかな余白が生まれている。34.8平米という数字上の広さよりも、そこに漂う静謐な空気感に惹かれた。ベッドに投げ出したバッグの重みと、窓から差し込む11月の淡い光。整理整頓などできない僕たちの不器用な旅に、このくらいの心の余裕は必要だったのだと思う。部屋の隅に舞う小さな埃さえ、旅の断片のように愛おしく見えていた。

(Bの記憶)
ドアが開いた瞬間、視界いっぱいに飛び込んできた別府湾の鮮やかな青に、全員が同時に「うわっ」と声を上げた。オーシャンルームの窓の外には、どこまでも続く水平線が広がっている。正直、ここまで来るのに誰が一番遅れるか賭けていたし、結局全員で迷子になるという散々な展開だったけれど、この景色を見た瞬間にすべてはどうでもよくなった。海が、僕たちが抱えていた日常のしがらみをすべて飲み込んでくれるような、圧倒的な開放感。そのままベッドにダイブした時の、シーツのパリッとした清潔な質感と、かすかな洗剤の香り。言葉にするのがもったいないほどの充足感に包まれ、僕たちはただ、その青い世界に溶け込みたかった。

舌が覚えている熱と、心が覚えている色

(Aの記憶)
シーサイドダイニングで、ライブキッチンから聞こえてくる天ぷらが油に落ちた瞬間の「シュワッ」という高い音。あれが僕にとって最高の合図だった。目の前で揚げられたばかりの地元の野菜を口に運ぶと、熱い油の香りと共に、素材本来の濃い甘みがダイレクトに突き抜けてくる。和洋ハーフバイキングという贅沢な形式だったが、記憶に刻まれているのは、その一口の温度と、口の中で弾ける衣のクリスピーな快音だけだ。味覚というよりは、音と温度が織りなす体験だった。隣で誰かが「これ、ヤバいな」と興奮気味に呟いていたけれど、僕はただ、その熱量に深く集中していた。

(Bの記憶)
目の前の料理よりも、グラスに結露した冷たい水滴が指先に触れる感覚の方が心地よかった。アルコール飲み放題という贅沢に、僕たちは最初から全力で挑んでいた。海を眺めながら、とりとめもない話に花を咲かせ、誰かが誰かを適当にいじり合う。そんな賑やかな喧騒の中で、ふと視線を上げた時に見えた、夕暮れ時の別府湾が描く紫と橙のグラデーション。料理の味は、たぶん「親友たちと笑いながら食べた」という最高の調味料で塗りつぶされていた。具体的なメニューは思い出せないけれど、あの時の空気の軽やかさと、心地よい酔いだけは、今でも指先に残っている気がする。

唯一、僕たちが辿り着いた真理

展望大浴場でサウナの限界まで汗をかき、水風呂で意識を一度リセットした後の、あの「湯上がりドリンク」の時間。グランヴィリオホテル別府湾 和蔵でのこの習慣だけは、僕たち全員が「正解」だと認めた。冷えたビールを喉に流し込んだ時の、鋭く心地よい刺激。あるいは、無料のアイスが舌の上でゆっくりと溶けていく、至福のひととき。熱い肌に触れる冷たい液体という、単純で暴力的なまでの快感。そこにはもう、誰が計画を間違えたとか、誰が荷物を忘れかけたとか、そんなくだらない議論が入り込む余地はなかった。ただ、冷たさと心地よさだけがそこにあった。僕たちは、人生において本当に必要なのは、こういう単純な快楽だけかもしれない、と静かに同意した。11月の夜風が少しだけ冷たくなったけれど、体の中にはまだ、温泉の熱が心地よく居座っていた。

氷菓が完全に溶けてなくなるまで、僕たちはただ、静かな海を眺めていた。

  • 湯上がりの無料ビールとアイスは、迷わず全力で享受してほしい。
  • オーシャンルームを選んで、あえて何もしない時間をスケジュールに組み込むこと。