← 戻る レックスホテル 別府

バルコニーの潮風と、誰かの笑い声が混ざる朝

碧い海と、甘いシロップの目覚め

指先に触れるガラスコップの冷たさと、窓の外に広がる別府湾の、吸い込まれるような深い青。午前7時のレックスホテル 別府のダイニングには、まだ少しだけ眠気を孕んだ、心地よい静寂と期待感が漂っている。大人がゆっくりとドリップコーヒーを淹れ、黒い液体が規則的に落ちる「トトト」という音に耳を傾けているとき、隣では下の子がパンケーキに大量のメープルシロップをかけ、それがテーブルに一滴、ぽたりと落ちた。上の子は「今日はどこに行くの?」と、まだ半分眠そうな顔で何度も同じ質問を繰り返している。その光景を眺めながら、私はふと思った。家族というものは、個別の音が集まって一つの大きな和音になるようなものかもしれない。整った旋律ではないけれど、どこか安心する、不協和音を含んだ心地よい響き。5月の柔らかな日差しが、子供たちの頬を淡いオレンジ色に染め、空気の中には香ばしいコーヒーの苦味と、子供たちが頬張る甘いシロップの匂いが混ざり合っている。それがこの旅の始まりを告げる合図のように感じられた。完璧な静寂よりも、誰かが何かをこぼし、誰かが笑い、誰かが不満を漏らす。そんな生活の延長線上にある賑やかさが、今の私には何よりの贅沢に思えた。

湯煙の街に溶ける、素朴な温もり

ホテルを出て街に踏み出すと、空気の中にかすかに硫黄の匂いが混じっていた。5月の風はどこまでも心地よく、視界に飛び込んでくる新緑の緑が目に眩しい。私たちはあえて豪華なランチレストランではなく、地元の路地裏で見つけた小さな店で、地獄蒸しの卵と温かいおやきを買い求めた。厚手の紙袋から伝わってくる、じりじりと熱い温度が手のひらに心地よい。下の子が「これ、地球のスープで茹でたの?」と不思議そうな顔で聞いてきたとき、私たちはみんなで顔を見合わせて笑った。正解を教えることよりも、その突飛な想像力に付き合う時間の方が、旅においてはずっと価値があるように思えたから。ベンチに腰掛け、不格好に割れた卵を口に運ぶ。口の中に広がる素朴な味わいと、時折通り過ぎる観光客の賑やかな話し声、そして遠くで鳴る車のクラクション。それらすべてが、別府という街が奏でる環境音として私の耳に届く。上の子が口の周りを黄色く汚しながら、「もう一個食べていい?」とねだる。私はそれを眺めながら、旅における「正解」とは、予定表をすべて消化することではなく、こういう、予定外の小さな空腹を満たす瞬間にこそあるのではないか、と感じた。指先に残った温もりと、少しだけベタつく手の感触。それが、この街の体温のように感じられて、なんだかとても安心した。

琉球畳の静寂と、大人の秘密の時間

夜、レックスホテル 別府の部屋に戻ると、そこには心まで解きほぐされる広々とした空間が待っていた。インフィニティ露天風呂で心身ともにリセットしたあと、裸足で踏みしめる琉球畳の、さらりとした心地よい質感が足裏に心地よく馴染む。子供たちは温泉でたっぷり遊び、心地よい疲れとともに、布団の中で小さく丸まっている。彼らが寝静まったあと、私たちは部屋の隅で、コンビニで買った地元の銘菓と冷えた飲み物を広げた。部屋の明かりを少し落とし、専用バルコニーから聞こえてくる寄せては返す波の音に耳を澄ませる。昼間の騒がしさが嘘のように、今はただ、心地よい残響だけが部屋を満たしている。誰にも邪魔されず、ただ静かに、今日という一日を振り返る大人の時間。上の子が寝言で何かを呟き、下の子が布団を蹴飛ばして、また誰かが小さく笑う。そんな小さな音のひとつひとつが、この広い部屋の中で丁寧に響き、消えていく。私たちは、この「空白」の時間こそが、旅の本当の報酬なのだと気づいた。何かを達成した満足感ではなく、ただそこにいて、大切な人たちが同じ空間で呼吸しているという事実。その安心感は、重い毛布に包まれているときのような、密やかな幸福感に近い。窓の外では、5月の夜風がカーテンを静かに揺らしていた。明日になればまた、賑やかな朝がやってくる。けれど、今のこの静寂があるからこそ、私たちはまた、あの騒がしい日常を愛せるのかもしれない。

波の音に溶けていく、小さな寝息と遠い潮騒。

  • 地獄蒸し体験で、素材本来の味が引き立つ根菜類をぜひ味わってみてください。
  • バルコニーから別府湾を眺めながら、朝の静かな時間にゆっくりと深呼吸することをお勧めします。