← 戻る 亀の井ホテル 別府

夜中に聞こえた、駄菓子の袋の音

夜中に聞こえた、駄菓子の袋の音

迷い道さえも、旅のプロローグ

別府駅のホームに降り立った瞬間、肺の奥まで届くひんやりとした空気が、十月がここにあることを鮮やかに教えてくれた。コンクリートの地面に響く、不揃いなスーツケースのキャスター音。誰かが「地図は任せて」と自信満々にスマートフォンを掲げたけれど、その指先がわずかに震えているのが見えた。私たちは密かに賭けていた。誰が一番最初に方向を間違えるか。結果的に、リーダーを自称した彼が駅を出てすぐに反対方向へ歩き出したとき、私たちは同時に吹き出した。冷たい風が頬をなでるけれど、隣で笑う友人の体温が伝わってきて、心地よい。目的地までの距離はわずか五分。けれど、その短い時間さえも、私たちにとっては十分な冒険だった。誰かが遅れ、誰かが急かし、そんな不協和音さえも、旅の始まりを告げる心地よいリズムに聞こえていた。

街の吐息と、琥珀色の路地裏

歩道のアスファルトから、ふわりと硫黄の香りが立ち上がってきた。それは単なる匂いというより、この街が深く呼吸している証のような、物理的な重みを持って肌にまとわりつく。ふと横を見ると、別府公園の木々が、ゆっくりと、けれど確実に色を変え始めていた。燃えるような赤ではなく、まだ迷っているような淡い琥珀色。私たちはわざと細い路地に入ってみた。「こっちの方が近道じゃないか?」という根拠のない直感に従い、ガイドブックには載っていない小さな看板や、誰が置いたのかわからない古びた植木鉢が並ぶ静かな空間に迷い込む。予定を狂わせることは、旅において最大の贅沢かもしれない。空気が少しずつ湿り気を帯びて、雨が降る前のあの独特の気圧の変化が、私たちの期待感を静かに押し上げていた。視界の先に亀の井ホテル 別府が見えてきたとき、私たちは顔を見合わせ、「わざと迷ったことにしよう」と密かに合意した。

大人たちが脱ぎ捨てる、日常という名の鎧

部屋のドアを開けたとき、最初に気になったのは、足の裏に触れるカーペットの密度だった。少しだけ沈み込むその柔らかな感触が、外の世界の喧騒から切り離されたことを知らせてくれる。ツインルームのベッドを誰が使うかで、一瞬だけ静かな火花が散ったけれど、結局はジャンケンで決着がついた。けれど、この旅の本当のハイライトは、部屋の中ではなく、ホテルの三階に広がっていた。

そこには、大人が足を踏み入れるにはあまりに純粋すぎる「駄菓子コーナー」と「縁日コーナー」があった。色とりどりのパッケージ、プラスチックの質感、そしてスーパーボールすくいの水面に反射する蛍光灯の光。私たちは、いつの間にか「大人の旅行者」であることを忘れていた。十円、二十円の駄菓子を真剣に選び、誰が一番多く買えるか競い合っている自分たちが、なんだか滑稽で、それでいてたまらなく自由だった。卓球コーナーで不格好なフォームで球を打ち合い、ボールが不規則に跳ねて誰かの飲み物の中に飛び込んだとき、部屋中に笑い声が響いた。その音は、完璧に調律された音楽よりもずっと心地よく、私たちの間に流れていた。

夜、温泉に浸かると、お湯の温度がちょうどよく、強張っていた肩の力がゆっくりと溶け出していくのが分かった。水面に浮かぶ白い湯気の間から、別府の街の灯りがぼんやりと見えた。もしかすると、私たちは何かを「探しに」来たのではなく、ただ「忘れるため」にここに来たのかもしれない。マンガコーナーに潜り込んで、誰かがおすすめした古い漫画を読みふける時間。隣で友人が小さく寝息を立てている。そんな、何の意味もないけれど、かけがえのない空白のような時間が、ここにはあった。

翌朝のレストランでのビュッフェでは、地元料理の湯気が視界を白く染めていた。炊き立てのご飯の甘い香りと、地元の地酒が醸し出す深い奥行き。皿いっぱいに盛り付けた料理を囲みながら、私たちは次の目的地について話し合った。けれど、本当はもう、どこへ行くかなどどうでもよかった。ただ、この場所で、このメンバーで、くだらない冗談を言い合っている今の状態を、できるだけ長く保存しておきたいと思った。亀の井ホテル 別府という場所は、私たちに「子供に戻る許可」をくれた。それは、大人の日常では決して手に入らない、最高の贅沢だった。

チェックアウトのとき、誰かがこっそりポケットに忍ばせた駄菓子を分け合った。

  • 三階の駄菓子コーナーでは、あえて「子供の頃に好きだったもの」を全部買い占めてみて。
  • 朝食ビュッフェの地元料理は、ぜひ温かいうちに。別府の街の温度がそのまま皿に乗っているから。