← 戻る 別府温泉 杉乃井ホテル

湯気の中で、誰かが笑った気がした

湯気の中で、誰かが笑った気がした

指先に触れる浴衣の生地が、次男には少しだけ大きすぎた。さらりとした綿の感触が肌を撫で、袖が床に擦れるたびに、彼はそれをスーパーヒーローのマントだと思い込んだらしい。別府温泉 杉乃井ホテルの廊下を、パタパタと不規則なリズムで走っていく小さな背中。私はそれを追いかけながら、厚いカーペットが足音を静かに飲み込んでいく感覚に、どこか心地よい安堵感を覚えていた。家族旅行というものは、いつも計画通りにはいかない。けれど、その予定調和から外れた「ズレ」こそが、後で思い出すときの一番心地よい周波数になるのかもしれない。


5月の別府の風は、まだ少しだけ尖っていて、頬を刺すような冷たさが残っている。けれど、宙湯の露天風呂に体を沈めた瞬間、その冷たさは遠い記憶へと消えていった。お湯の温度が、ちょうどいい。重たい毛布にくるまったときのような、逃げ出したくなるほどの心地よい圧迫感と、かすかに漂う温泉特有の硫黄の香りが、強張っていた心までゆっくりと解きほぐしていく。ふと隣を見ると、長女が真剣な顔で水面に浮かぶ小さな泡を追いかけていた。大人が「景色が素晴らしい」と口にする間に、子供たちは水面の小さな宇宙に没頭している。その視線の低さに合わせるだけで、世界が少しだけ違って見える気がした。
和ダイニング星 HOSHIに足を踏み入れたとき、まず耳に届いたのは、自分の声が天井に跳ね返ってくる不思議な感覚だった。高さ6メートル。そこにあるのは、単なる空間ではなく、音を自由に遊ばせるための大きな器のような場所。次男が何かを叫ぶたびに、その声が天窓の方まで登っていき、ゆっくりと降りてくる。誰かがスプーンを落とした小さな金属音が、不思議と心地よいリズムになって空間に溶け込んでいた。静寂よりも、こういう「賑やかな余白」がある場所の方が、私たちは本当の意味で深く呼吸ができるのかもしれない。
鼻をくすぐるのは、藁焼きの香ばしい匂い。目の前で魚が焼かれるパチパチという小さな破裂音が、食欲というよりも、子供のような好奇心を刺激する。大分の豊かな食材が並ぶビュッフェプレートは、まるで子供たちが集めた宝物のコレクションみたいに、彩り豊かで、少しだけ乱雑だ。醤油の香ばしさと、炊き立てのご飯から立ち上る甘い湯気。口の中で広がる素材の味が、旅の緊張をゆっくりとほどいていく。贅沢とは、高級なものを食べることではなく、誰が何をどれだけ食べたか、そんなどうでもいい会話に時間を溶かすことなのだろう。
午前6時の光は、透き通った淡いブルーをしていた。デラックスルームのガラス張りの壁越しに広がる別府湾が、空の色と溶け合って、どこまでが海でどこからが空なのか、その境界線が曖昧になっている。そのぼやけた景色を眺めていると、心の中にある「正解を出さなきゃ」という焦りが、朝霧のようにゆっくりと薄まっていくのがわかった。子供たちがまだ夢の中にいる静かな時間。ただ、光の粒がテーブルの上で踊っているのを眺めているだけで、十分だった。何もしないという贅沢が、ここには静かに横たわっている。
ふと触れた、レストランの欄間に使われている古材の質感。指先に伝わるのは、長い年月を経て角が取れた、滑らかで、どこか湿り気を帯びた木の温度。新しいガラスの壁と、古い木の記憶。その矛盾した組み合わせが、この場所をただのホテルではなく、誰かの人生が積み重なった場所のように感じさせた。次男がその木に小さな指で触れ、「ここ、あったかいね」と呟いた。言葉にできない感情に、わざわざ名前をつける必要はない。ただ、その温度を共有できただけで、私たちは深く繋がっていた。
最後は、みんなで一緒に、ただぼーっと海を眺めていた。誰一人として、次の予定について話そうとはしなかった。寄せては返す波の音と、遠くで聞こえる街の気配。家族というチームで戦い、笑い、時には疲れ果てた後の、心地よい脱力感。お互いの肩が触れ合う距離で、同じ温度の空気を吸っている。完璧なスケジュールなんて、最初から必要なかったのかもしれない。ただ、ここにいていい。その絶対的な安心感が、濡れたタオルの重さのように、優しく私たちを包んでいた。

湯気の中に消えていった笑い声が、今も耳の奥で小さく鳴っている。

  • 子供と一緒に、宙館の大きな窓から「一番遠くにある雲」を探して、自由な名前をつけてみてください。
  • 和ダイニング星 HOSHIでは、あえて時計を見ずに、お腹が空いたと感じる瞬間まで会話を楽しんでください。