キャリーケースの車輪がアスファルトを叩く、不規則で騒がしいリズム。私たちは「誰が一番先に道を間違えるか」というくだらない賭けをしていたけれど、結局は全員で迷子になった。高鉄中彰309民宿の重いドアを開けた瞬間、外の喧騒がふっと途切れ、ひんやりとした清潔な空気が頬を撫でた。ここが私たちの秘密の作戦基地になる。そんな予感に、胸が小さく高鳴った。
不二坊の蛋黄酥を口に放り込んだときの、あの絶妙な温度。外側はサクッと軽やかに崩れ、中のあんこと卵黄がまだほんのりと温かい。香ばしい小麦の香りが鼻腔を抜け、濃厚な甘みがゆっくりと舌の上で溶けていく。隣で友人が「これ、人生で一番の味かも」とうっとりと呟いたけれど、その口の周りに黄色い粉がついているのが、なんだか可笑しくてたまらなかった。
「え、嘘でしょ?歯ブラシないの?」
民宿のエコポリシーについて説明を受けた直後、誰かが絶望的な声を上げた。使い捨てアメニティがないことを、私たちは「地球に優しい旅」という心地よい言葉で正当化したけれど、現実はただの準備不足。結局、コンビニまで誰が走るかで激しいジャンケン大会が始まった。こういう至らないところがあるからこそ、私たちは心地よく一緒に旅ができるのかもしれない。
民宿の周りには、歩いて2分圏内に朝食店が6軒もひしめいている。地図を広げて「どこに行くか」を真剣に相談し始めたけれど、選択肢が多すぎて、思考が飽和状態に陥った。作戦会議という名の言い合いが10分ほど続き、結局、一番近くの店に磁石のように吸い寄せられて入った。効率的なプランなんて、この街の気ままな空気の中では全く意味をなさない。
午後3時の光が、部屋の白い壁に鋭く長い斜線を引いていた。3月の彰化は、ちょうど20度くらい。暑くも寒くもなく、春の柔らかな温度が繭のように肌を包み込んでいる。何もせず、ただベッドに身を投げ出して、天井の模様をぼんやりと数える贅沢な時間。静寂には確かな質感がある。それは心地よい重みを持って、私たちの疲れをゆっくりと解きほぐしていった。
裸足で踏みしめたタイルの温度が、心地よくひんやりとしていた。廊下を歩くたびに、わずかな足音が静かに反響する。窓の外では誰かがバイクのエンジンをふかしている音が聞こえるけれど、高鉄中彰309民宿のこの部屋の中だけは、外界とは別の緩やかな時間軸で動いているみたいだ。深夜3時にふと目が覚めて、隣の部屋から聞こえる微かな寝息に、不思議な安心感と連帯感を覚えた。
八卦山の大仏風景区で出会った、Rodyのランタン。夜の深い闇に浮かび上がる鮮やかな色彩が、現実感を少しずつ奪っていく。大人の集団であるはずの私たちが、子供みたいに目を輝かせて写真を撮り合う。誰かが「私たち、完全に観光客だね」とくすくす笑った。その笑い声が、春の夜風に溶けて、星空へと消えていった。
チェックアウトのとき、鍵を返しながら、なんとなく名残惜しさが胸のあたりに澱のように溜まった。完璧な旅ではなかった。けれど、忘れ物をして、迷子になって、朝食の一軒に迷ったあの時間こそが、一番鮮明に記憶に刻まれている。欠けている部分があるからこそ、そこに誰かが入り込む隙間ができる。そんな気がして、私たちはまた次の旅の約束を交わした。
春の光が、まだ少しだけ眠そうな街を優しく照らしていた。
- 迷う時間さえ贅沢に感じる、民宿周辺の朝食店巡りをぜひ。
- 3月の夜は、八卦山のRodyランタンの色彩に身を任せてみて。