肌に触れる夜気が、ちょうど心地よい冷たさを帯びていた。十月の彰化は、汗ばむこともなく、かといって肩をすくめるほど寒くもない。そんな完璧な温度に包まれた夜、私たちは幸福客桟のふかふかのベッドに深く沈み込んでいた。部屋を照らす琥珀色のランプが、心地よい倦怠感を誘う。もともとは、翌朝六時に起きて水森林農場の落羽松を撮りに行くという、誰が考えたかもわからないほどストイックな計画があったはずだ。けれど、静寂に包まれた部屋の中で、私たちの意識は次第に「計画」よりも「本能」へと傾いていった。
時計の針が深夜二時を回った頃、誰かが小さく、けれど決定的な声で「お腹空いた」と呟いた。それが合図だった。私たちは互いに顔を見合わせ、まるで秘密結社のように静かに、けれど迅速に準備を始めた。誰がコンビニまで買い出しに行くかという、不毛で真剣な賭けに負けた一人が、夜の街へと消えていく。しばらくして戻ってきた彼が抱えていたのは、パンパンに膨らんだビニール袋。カサカサという乾いた音が、静まり返った廊下に小さく響き渡る。その音を聞いた瞬間、私たちは明日という日の計画を、心地よい敗北感とともにゴミ箱へ捨てたのだ。
咀嚼音と、言い訳の応酬
「ねえ、明日六時に起きるって言い出したの、一体誰だっけ?」
袋の中から取り出されたのは、地元で評判の肉圓と、不二坊の蛋黃酥。温められた肉圓から漂う甘い醤油の香りが一気に部屋いっぱいに広がり、空腹を激しく刺激する。私たちはベッドの上に直接、コンビニの袋を広げた。真っ白なシーツの上に、不格好なプラスチックの容器が並ぶ。その乱雑さが、かえって旅の自由を象徴しているようで愉快だった。
「いや、計画を立てた時点では、私はそういうストイックな人間だと思ってたんだよ」
肉圓を一口頬張ると、もちもちとした皮の弾力と、中から溢れ出す筍の香りが口の中で鮮やかに混ざり合う。濃厚なタレが舌に残る感覚に、思わず溜息が漏れた。誰かがいたずらっぽく突っ込む。「そういう人間」って何? 結局、私たちはただの食いしん坊な旅人だっただけだ。信じられないかもしれないけれど、この時の私たちは、高級なレストランでコース料理を食べている時よりも、ずっと贅沢な気分に浸っていた。
「っていうか、このベッド、柔らかすぎない? 幸福客桟のオーナーさんが自前で建てた家だって聞いたけど、心地よすぎて脱出不可能だよ」
誰かが笑いながら、蛋黃酥を半分に割った。サクッという小気味いい音がして、中から黄金色の卵黄が現れる。それを口に運ぶと、濃厚な甘さと塩気が波のように押し寄せてきた。私たちは、明日行けなくなるかもしれない絶景のことよりも、今この瞬間の咀嚼音と、くだらない言い訳の応酬に夢中になっていた。誇張ではなく、この不格好な深夜の宴こそが、今回の旅で一番「私たち」らしい時間だったのだと感じる。
胃袋と心が満たされたあとの静寂
最後の一口を飲み込んだ後、部屋にはふっと深い静寂が訪れた。散らばった空き袋と、少しだけ汚れたシーツ。けれど、不思議と不快感はなかった。むしろ、その乱雑さが、私たちがここに「居てもいい」という絶対的な安心感を与えてくれる。幸福客桟という空間が持っている、誰かの生活の痕跡のような温もりが、旅先特有の緊張をゆっくりと溶かしていった。
窓の外では、十月の夜風が木々を優しく揺らしている。遠くで時折聞こえる車の走行音が、心地よいホワイトノイズのように私たちの意識を深い眠りへと誘う。誰かが小さくあくびをし、もう一人が布団を肩まで引き上げた。言葉にしなくても、今の私たちは同じ周波数で呼吸している。計画通りに進まなかったことへの後悔なんて、どこにもない。ただ、お腹がいっぱいで、隣に信頼できる誰かがいて、心地よい温度の部屋にいる。それだけで十分だった。
私たちは、明日、おそらく昼過ぎまで起きないだろう。けれど、それでいい。人生における正解とは、効率的に観光地を回ることではなく、午前二時にコンビニの袋を鳴らして笑い合えることにあるのかもしれない。そんな気がした。
薄暗い部屋の中で、誰かが静かに、深い眠りの寝息を立て始めた。
- 彰化の夜市で出会うもちもちの肉圓。甘いタレをたっぷりつけて、部屋でゆっくり味わって。
- 不二坊の蛋黃酥。深夜に友人とお裾分けして食べるのが、一番贅沢な楽しみ方。