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少しだけ緩んだ帯と、みかんの匂い

少しだけ緩んだ帯と、みかんの匂い

蛇口をひねると、鮮やかなオレンジ色の液体が勢いよく流れ出した。ひんやりとした金属の感触と、グラスに当たる液体の高い音が心地よく響く。下の子が「魔法の水道だ!」と歓声を上げ、口の周りをべたべたにしながら無邪気に笑っている。三種類のみかんジュースを飲み比べるという贅沢は、子供にとっては単なる遊びかもしれない。けれど、甘酸っぱい濃厚な香りが鼻に抜けた瞬間、旅が始まったのだという実感が、指先に残るぬるい温度と一緒にじわりと広がっていった。



ロビーに用意された今治タオルのボックスから、一枚のタオルをゆっくりと選び出す。指先に触れるパイル地の圧倒的な密度、厚み、そして心地よい弾力。まるで雲に触れているかのような肌触りの中で、自分にちょうどいい一枚を探す時間は、誰にも邪魔されない静かな儀式のようだ。そのタオルを肩にかけたとき、ずっと凝り固まっていた肩のあたりにある、古くて硬い結び目が、ゆっくりと解けていく感覚があった。重たい荷物を下ろしたときのような、身体の芯がふっと軽くなる心地よさ。ここにある静謐な空気が、私の呼吸を少しだけ深くしてくれたのかもしれない。


外へ出ると、道後温泉本館へと続く道には、かすかな硫黄の匂いと、下駄が石畳を叩く乾いた音が心地よく混じり合っていた。商店街の賑やかさは、時に耳を疲れさせるけれど、それさえも旅の輪郭を形作る大切な彩りになる。賑わいの中を歩き疲れ、再び 道後やや / Dogo Yaya の入り口に戻ってきたとき、そこにある静寂は、まるで厚い絨毯のように足音を優しく吸い込んでくれた。外の世界の喧騒が、遠い記憶のように薄れていく。静けさというものにも、場所によって異なる手触りがあるのだと気づかされる瞬間だった。


朝食ビュッフェのテーブルに並んだ、色とりどりの柑橘類。いよかん、はっさく、ネーブル。見たこともない品種の果実を口に運ぶと、鋭い酸味が舌を突き、その直後に穏やかな甘さが追いかけてくる。子供たちが「これは酸っぱい!」と顔をしかめながらも、好奇心に突き動かされて次から次へと別の皿に盛り付けている。トングが皿に当たるカチャカチャという軽快な音と、誰かの笑い声。完璧に整った食事ではないけれど、この雑多な活気こそが、家族というチームが刻む心地よいリズムなのだと感じた。


午後四時のラウンジに差し込む光は、どこか淡くて、透き通っていた。窓の外では四月の柔らかな風が桜の花びらを追いかけ、不規則なダンスを踊らせている。おもてなしラウンジで、温かい紅茶から立ち上がる白い湯気が、ゆっくりと空気に溶けていく様子を眺めていると、時間の流れ方が変わったような気がした。「何かを成し遂げなければならない」という日常の焦りが、ティーカップの温もりと一緒に、指先から静かに消えていく。ただそこに存在することだけが許される、贅沢な空白の時間だった。


浴衣の帯を締めるのに、予想以上の時間がかかった。子供の小さな腰に合わせようと格闘した結果、出来上がったのは帯というより、どこか前衛的な包帯のような形になっていた。鏡を見た子供が「かっこいい!」と満足げに胸を張っている。私はその不格好な姿を見て、ふっと小さく笑った。正解の結び方なんて、きっとどうでもいい。少しだけ歪んでいて、どこか不器用なその姿こそが、この旅で一番愛おしい風景に見えた。


お風呂上がり、冷えた足先を布団の中に滑り込ませる。シーツのパリッとした清潔な感触と、かすかに残る洗剤の爽やかな匂い。隣では、疲れ切った子供たちが、互いの腕を枕にして深い眠りに落ちている。部屋の隅で小さく鳴るエアコンの一定したリズムと、遠くで聞こえる誰かの控えめな足音。特別な会話なんてなくても、同じ空間で同じ心地よい疲れを共有していることが、これほどまでに深い安心感を与えるとは思わなかった。私たちはただ、心地よい疲労感に身を任せて、ゆっくりと意識を溶かしていく。

窓の外で、夜の道後が静かに呼吸を始めていた。

  • 子供と一緒にみかんジュースの飲み比べをして、一番好きな「色」と「味」を話し合ってみてください。
  • 今治タオルのボックスで、家族それぞれが「一番心地いい」と感じる一枚を、ゆっくりと選んでみてください。