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濡れたサンダルの音と、温かいおにぎり

濡れたサンダルの音と、温かいおにぎり

玄関のタイルに、濡れたサンダルが「ぴちゃぴちゃ」と小さな音を立てる。その控えめなリズムを聞いたとき、ようやく道後グランドホテルに辿り着いたのだという安堵感が、じわりと胸に広がった。6月の松山は、空気がしっとりと重く、街全体が淡いグレーのフィルターを通したような、静謐な色に包まれていた。けれど、ホテルの自動ドアを抜けた瞬間に触れた空気は、外の冷たさを吸い取って、心地よい湿度と温もりに変えてくれる。それはまるで、冷え切った体を優しく包み込む大きなセーターの中に飛び込んだような、あるいは誰かに抱きしめられたような感覚だった。

家族での旅というのは、いつだって予定通りにはいかない。次男が車の中で「温泉って、どこからお湯が出てくるの?」と問いかけ、誰も明確な答えを出せなかったときから、私たちの旅は少しずつ、心地よい混乱に包まれていった。道後温泉本館まで歩くわずか5分の道のり。歩みを進めるたびに硫黄の香りが濃くなり、雨に濡れた石畳が街灯を反射して鈍く光る。上の子は「本当にかっこいい建物!」と声を弾ませ、次男は水たまりを避けるのに必死で、私の手をぎゅっと握りしめていた。不揃いな歩幅で、ゆっくりと時間を消費すること。それこそが、この旅で得られる一番の贅沢だったのかもしれない。

家族の記憶に刻まれた、五つの心地よい断片

色浴衣:指先に触れる布地は少し硬めで、けれど鮮やかな色彩が雨の日の景色に強い輪郭を与えていた。帯をきつく結びすぎて「苦しい」と文句を言っていた上の子が、鏡の前で自分の姿を見た瞬間、急に誇らしげな顔をした。大人の真似をしたい年頃の、小さくて真っ直ぐな自尊心が色づいた瞬間だった。(上の子が最初に気づいた)

夜食のおにぎり:和室のテーブルの上にひっそりと置かれていた。包み紙を開けた瞬間に広がる、炊きたての米の甘い湯気と、海苔の香ばしい香り。次男が「魔法みたい!」と目を丸くして頬張る様子を見て、計画にない小さな幸運に、胸の奥がじんわりと温かくなった。(次男が最初に気づいた)

畳の深い緑:新しく張り替えられた畳の、少し青みがかった深い緑色。裸足で踏みしめると、い草の清々しい香りがかすかに鼻をくすぐり、指先に心地よい弾力が伝わってきた。上の子が畳の上でゴロゴロと転がり、そのまま深い眠りに落ちたとき、この部屋の静寂が家族の呼吸を一つにまとめてくれた。(上の子が最初に気づいた)

竹編みの湯かご:手に持つと、意外なほどずっしりと重い。歩くたびに、竹が擦れる乾いた音が足元で心地よいリズムを刻んでいた。上の子が「これを持って歩くと、本物の温泉客みたいだね」と笑いながら、大切そうに腕に抱えていた。その小さな誇らしさが、旅の風景をより鮮やかに彩っていた。(上の子が最初に気づいた)

雨に濡れた紫陽花:ホテルの外に咲いていた、重たげに頭を垂れた深い青の花。次男が指先でそっと触れ、「つめたい!」と飛び上がった。花びらに溜まった雨の雫が、彼の指から零れ落ちる。その一瞬の冷たさと、その後の手のひらの温もりの対比が、6月の道後の記憶として深く刻まれた。(次男が最初に気づいた)

温泉大浴場での出来事は、今思い出しても笑ってしまう。湯気で真っ白に塗りつぶされた空間の中、次男が忽然「あ!魚がいる!」と大声を上げた。慌てて覗き込むと、彼が見ていたのは、お湯に浸かってふやけた自分自身の足の指だった。上の子が呆れたように笑い、私も思わず吹き出す。そんな、どうでもいいけれど愛おしい時間が、温泉の温かさと混ざり合って、心の中にゆっくりと溜まっていく。道後グランドホテルという場所は、単なる宿泊施設ではなく、家族のバラバラな個性が、お湯に溶かされて心地よく混ざり合うための大きな器だったのかもしれない。

部屋の隅で、乾きかけの浴衣がかすかに湿った匂いをさせている。

[雨上がりの道後商店街に差し込む、柔らかな光の風景]

  • 道後温泉本館まで歩く際は、ぜひ無料貸出の湯かごを。歩くたびに鳴る竹の音が、旅の情緒を深めてくれます。
  • お子様連れなら色浴衣のレンタルを。自分だけの一着を選ぶ時間が、子供たちにとって最高のイベントになります。