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湯気の中で、誰かが小さく笑った

08:00, 陽光が差し込む畳の部屋

裸足で踏みしめた畳の、少しだけざらついた心地よい感触。新しめのい草が放つ清々しい香りが、冬の澄み切った冷たい空気に混じって鼻をくすぐる。連子格子の隙間から差し込む柔らかな朝陽が、部屋の中に細い光の筋を描いていた。まだ半分眠っている上の子が、布団の中で丸まって「あと5分だけ……」と小さく呟く。それとは対照的に、すでにエネルギー全開の末っ子が、ぶかぶかの浴衣の袖をひらひらさせて部屋の中を走り回っている。その足音が、静謐な和室にぽん、ぽんと軽快なリズムを刻んでいた。ウェルカムドリンクの愛媛産みかんジュースをグラスに注ぐと、鮮やかなオレンジ色が冬の光を反射し、テーブルの上に小さな宝石のような光の粒を散らしている。完璧な静寂なんて、今の私たちには必要ない。むしろ、この賑やかな不協和音こそが、旅が始まった合図なのだ。道後舘のゆとりある空間は、そんな子供たちの騒がしさを優しく包み込み、心地よい家族の記憶へと変えてくれる気がした。

14:00, 外気と湯気の間で

道後公園の冷たい風に吹かれ、耳の端がほんのりと赤くなったところで部屋に戻ってきた。子供たちは歩き疲れて、もう限界に近い。けれど、庭園露天風呂付の客室にあるお湯を見た瞬間、末っ子が「お魚さんになれる!」と歓声を上げて飛び込もうとする。それを慌てて止める私たちの、いつものチーム作戦。お湯に浸かった瞬間、肌を刺していた鋭い冷気が、じわじわと心地よく解けていく。温度がちょうどよく、肩まで深く浸かると、肺の奥まで温かい空気が満たされ、強張っていた心まで緩んでいく。ふと見上げると、冬の低い空から薄い雲がゆっくりと流れていた。子供たちが水面をパチャパチャと叩く音が、外の静けさと混ざり合って、不思議と心地よい。上の子が、珍しく静かに私の隣に座り、「お湯が、あったかいね」と小さく呟いた。その一言に、日常の忙しさで張り詰めていた何かがふっと消えていく。贅沢とは、豪華な設備のことではなく、こうして誰かと温度を共有し、静かな時間を分かち合えることなのかもしれない。

19:00, 献立に並ぶ冬の記憶

会席料理が運ばれてくるたび、子供たちの瞳が期待でキラキラと輝く。地元の旬を凝縮した料理の数々。特に、ふっくらと炊き上がった土鍋ご飯の甘い香りと、黄金色の出汁がしっかり効いたお椀が、冷えた身体に染み渡る。末っ子が、見たことのない食材を指さして「これ、何のお山?」と不思議そうに聞く。私たちは正解を教える代わりに、「これはね、魔法の食べ物かもね」といたずらっぽく嘘をついた。そんなやり取りをしながら、ゆっくりと食事を進める。愛媛の海の幸、脂が乗った濃厚な味わいが舌の上でとろけ、温かいお茶が喉を通るたびに幸福感が広がっていく。上の子が、苦手だったはずの冬野菜に一口だけ挑戦し、誇らしげに顔を上げた。その小さな達成感が、食卓の空気をふんわりと温める。豪華な食事というよりは、家族が同じテーブルを囲み、同じ味を共有するという、とてもシンプルで確かな手触りのある時間だった。誰かが笑い、誰かがもぐもぐと口を動かす。その音の重なりが、心地よいBGMのように部屋を満たしていた。

22:00, 重い布団と静かな呼吸

子供たちが、深い眠りに落ちた。先ほどまであんなに騒がしかった部屋が、今は嘘のように静かだ。ただ、遠くでかすかに聞こえる冬の風の音と、隣で規則正しく繰り返される子供たちの寝息だけが残っている。ようやく訪れた、大人の時間。二人で、残った温かいお茶を飲みながら、今日撮った写真を見返す。ピントがずれた写真や、誰かが半分画面に入り込んでいる失敗作ばかり。けれど、その不完全な一枚一枚に、今日という日の温度と、子供たちの無邪気な笑い声が閉じ込められている気がする。ふかふかの布団に潜り込むと、身体がゆっくりと沈み込んでいく。この心地よい重みが、深い安心感を与えてくれる。明日になればまた、子供たちの「お腹すいた!」という叫び声で目が覚めるだろう。けれど、今はただ、この静寂という名の贅沢に身を任せていたい。道後舘の夜は、深く、そして優しい。ロビーで見た樹齢300年の縁起松のような、揺るぎない安心感に包まれながら、私たちはゆっくりと意識を手放していく。

湯気の中に溶けていった笑い声が、まだ耳の奥に心地よく残っている。

  • 子供と一緒に露天風呂に入る際は、お湯の温度を少し調整してもらうと、小さなお子様でもゆっくりと時間を過ごせます。
  • 道後温泉本館まで歩く道すがら、路地裏にある小さなお店を覗いてみてください。子供たちが意外な宝物を見つけるかもしれません。