← 戻る 道後プリンスホテル

濡れた足跡が、畳の上でゆっくり消えていく

心に刻まれた、旅の五つの音

「パタパタ」という、濡れた足裏が廊下に吸い付く音。下の子がぶかぶかの浴衣の裾をひきずりながら、弾むように走っている。厚手のカーペットがその音を優しく飲み込んでいるけれど、足裏から伝わる興奮まで隠しきれていない。お風呂上がりの、少し汗ばんだ肌の熱量と、廊下を流れるひんやりとした夜気が混ざり合う瞬間。そんななんてことない日常の断片にこそ、旅の輪郭が鮮やかに浮かび上がる気がした。

「プクプク」と軽やかに弾ける、みかんボールの湯の音。鮮やかなオレンジ色の球体が水面で踊り、屈折した光が子供たちの瞳の中に小さな太陽をいくつも描き出している。立ち上る白い湯気が視界を柔らかく塗りつぶし、隣にいる家族の輪郭さえも曖昧にしていく。この温かな霧に包まれていると、世界に私たちだけが取り残されたような、心地よい錯覚に陥る。

「カサカサ」と、乾いた布団を整える音。道後プリンスホテルの清月亭という和洋室で、上の子が「ここが僕の陣地だ」と誇らしげに宣言し、ベッドと畳の境界線に陣を張っている。窓の外には、深い夜の帳に溶け込む松山城の静かなシルエット。2月の夜風は肌を刺すように鋭いけれど、部屋の中には淹れたてのほうじ茶の香ばしさと、しっとりとした湿度がある。その温度差が、いまここに集っていることの絶対的な安心感を、より深く刻み込んでくれた。

「カリッ」という、地元の和菓子を心地よくかじる音。みかんの甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐり、口いっぱいに愛媛の陽光が広がる。誰が一番多く食べるかという、大人の本気すぎる競争が始まり、テーブルの上は小さな混乱に包まれている。けれど、この賑やかな不協和音こそが、私にとって一番心地よいリズムなのだ。正解のない会話が、ただそこにある贅沢。

「スースー」という、深く穏やかな寝息。リビングの明かりを落とした後、静寂の隙間から聞こえてくる子供たちの規則正しい呼吸。さっきまでの喧騒が嘘のように、部屋は深い静寂に満たされていく。けれど、その静けさは決して空虚なものではなく、一日中遊び尽くした満足感で満たされた、心地よい重みを持っている。

明日もまた、誰かが靴下を片方なくして、家族で笑い合うのだろう。

  • 2月の梅まつりへ。冷たい空気の中で、今にも弾けそうな蕾の生命力をじっくりと眺めてほしい。
  • 道後プリンスホテルの館内湯めぐりは、子供の「次はあそこ!」という直感に身を任せて回るのが正解だ。