← 戻る THE LIVELY 福岡博多(ザ・ライブリー福岡博多)

藤の色が、少しだけうるさかった

藤の色が、少しだけうるさかった

5月の福岡。湿り気を帯びた風が、しっとりと首筋にまとわりつく。ゴールデンウィークの博多駅前は、人の波というよりは巨大なノイズの塊だった。友人の一人が地図を逆さまに持ち、「こっちだ!」と自信満々に突き進む。結果的にTHE LIVELY 福岡博多(ザ・ライブリー福岡博多)の入り口を三回も通り過ぎたとき、私たちは同時に脱力して笑い出した。



立ち上る白い湯気が視界を白く染める。もつ鍋の濃厚な味噌の香りが、鼻腔の奥まで深く入り込んできた。ぷりぷりとしたもつを口に運んだ瞬間、熱い脂がじゅわっと広がり、旅の緊張が心地よくほどけていく。〆のちゃんぽん麺を誰が最後に啜るか、静かだが激しい心理戦が繰り広げられた。


「ねえ、その格好で藤の花見に行くの? 完全に迷子の子羊じゃん」と、友人に容赦なく突っ込まれた。私はただ、新緑に溶け込むと思って淡い色のワンピースを選んだだけなのに。結局、誰が一番風景から浮いているかを競い合うという、不毛で最高に贅沢なゲームに発展した。


「このホテルのロビー、まるで誰かの洗練されたプレイリストの中みたい」と誰かが呟いた。それから私たちは、歩くたびに自分たちが今どの曲のパートにいるかを言い合う遊びを始めた。エレベーターを待つ時間は「間奏」、チェックインの手続きは「イントロ」。くだらないけれど、それが私たちの旅のリズムだった。


深夜2時の静寂。遠くで街の喧騒が低く唸っている。それは、激しい音が鳴り止んだ後の長い残響(リバーブ・テイル)のようだ。一人で窓辺に立つと、昼間の騒がしさが心地よい距離感に変わり、心の中のノイズが消えていく。孤独は寂しさではなく、ただの静かな呼吸のようなものかもしれない。


裸足で踏みしめたフローリングの、ひんやりとした温度。THE LIVELY 福岡博多(ザ・ライブリー福岡博多)の客室は、余計な音が削ぎ落とされたミニマルな空間だった。パリッとしたリネンの感触が肌に触れ、意識がゆっくりと自分の呼吸だけに集中していく。深夜、トイレまで歩くたびに、自分の足音が心地よく響いた。


予定になかったバラ園に迷い込んだ。五月のバラは香りが強すぎて、まるで誰かが濃厚な香水をぶちまけたかのようだった。ふと見ると、友人がバラの花びらを頭に乗せて、至って真剣な顔で自撮りをしている。そのあまりにシュールな光景に、私たちは同時に吹き出した。


旅とは、予定通りにいかなかった出来事を数える作業なのかもしれない。迷い込んだ道も、くだらない言い合いをした時間も、すべてがこの旅の固有の周波数を作っていた。正解なんてなくて、ただ違う角度から景色を見ただけ。それで十分だったのだと、今は心地よく思う。

窓の外、淡い紫の藤が夜風に静かに揺れていた。

  • 博多の路地裏で、名前も知らない店に入ってもつ鍋を堪能してみて。
  • THE LIVELY 福岡博多(ザ・ライブリー福岡博多)のロビーで、あえて何もしない時間を過ごして。