← 戻る つるつるの湯 下呂温泉 みのり荘

春風に煽られた、誰かの笑い声

春のいたずらと、不器用な足取り

下呂駅のホームに降り立った瞬間、肺の奥まで入り込む空気はまだ鋭く、4月のいたずらっぽさを孕んでいた。私たちは改札前で、誰が一番に忘れ物をするか、あるいは誰が一番に道に迷うかという、大人のすることとは思えないくだらない賭けに興じていた。スーツケースの車輪がアスファルトを叩くガガガという不規則なリズムが、期待よりも緊張に近い音を立てて響き渡る。

「絶対、〇〇が先に迷うって」

誰かが笑いながら言い、私たちは同時に声を上げて笑った。案内板を凝視して「こっちだ」と自信満々に指を差した友人が、三歩歩いたところで不自然に立ち止まり、静かに方向転換をした。その滑稽な背中を見て、私たちは再び吹き出した。誰が正解を持っているかなんて、本当はどうでもいい。ただ、この冷たい風の中で、互いの肩が触れ合うほどの距離にいて、体温を分け合っていることが、何よりも心地よかった。淡い春の光が、私たちの不器用な足取りを優しく照らしていた。

迷い込んだ路地と、桜の雨に濡れて

送迎バスを呼ぶ前に、少しだけ街を彷徨ってみることにした。結果的に、私たちは完全に方向感覚を失ったが、それがこの旅で最高の正解だった気がする。ふいに視界が開けた路地裏で、誰が植えたのかも分からない一本の桜が、暴力的なまでに鮮やかに咲き誇っていた。風が吹くたびに、淡いピンク色の小さな破片が雨のように降り注ぎ、歩くたびに靴の底にぴたりと張り付く。

「見て、あそこの看板、文字がかすれてて全然読めないよ」

友人が指差したのは、年季の入った小さな木製の看板だった。そんなどうでもいい発見に瞳を輝かせる友人の横顔を見て、ふと、効率ばかりを追い求めていた日常の息苦しさを思い出した。こういう、贅沢で無駄な時間の使い方が、今の私たちには必要だったのだ。ふいに耳に届いたのは、遠くを流れる川のせせらぎだった。都会で聞き飽きた機械的なノイズとは違う、粒立ちのいい、澄んだ水の音。その音に導かれるように歩いた末に、ようやく「つるつるの湯 下呂温泉 みのり荘」の送迎バスに乗り込んだ。車窓から流れる景色を眺めながら、私たちは心地よい疲労感に包まれ、言葉もなくただ笑い合っていた。

檜の香りに抱かれ、心までほどける夜

部屋のドアを開けた瞬間、鼻腔をくすぐったのは、深く、静かな檜の香りだった。総ヒノキ造りの空間が持つ、凛とした清潔感と包み込むような温もりが同時に押し寄せてくる。誰が一番いい場所に寝転がるかという、子供のような陣取り合戦が始まり、最後には全員が畳の上に大の字になって、天井の美しい木目に視線を投げかけていた。

「あぁ、やっと辿り着いたね」

誰かが小さく呟いたその言葉が、心地よい静寂の中にゆっくりと溶けていく。そのまま向かった大展望露天風呂では、4月の夜風が濡れた肌を冷たく撫でるが、湯船に体を沈めた瞬間に、その冷たさが快いコントラストに変わる。天然温泉の柔らかなお湯が、凝り固まった肩の力をゆっくりと、本当にゆっくりと解いていく。それは、誰かに理解されることよりも、ただそこに存在することを許されているような、深い安堵感だった。夜空に散りばめられた星々と、遠くに見える街の灯りが、お湯の湯気越しに幻想的に揺れている。

夕食に運ばれてきた飛騨牛の霜降りは、口に入れた瞬間に形を失い、濃厚な脂の甘みが舌の上で静かに広がった。味噌だれの香ばしさが鼻に抜け、隣で友人が「これ、人生で食べた肉の中でトップ3に入る」と、大げさに肩をすくめていた。そんな些細な会話が、贅沢な会席料理よりもずっと心を満たしてくれる。深夜、浴衣の裾を揺らしながら、誰もいない廊下を歩いたとき、裸足で触れた床のひんやりとした感触が、意識を今この瞬間に繋ぎ止めてくれた。私たちは、明日になればまたそれぞれの「正解」がある日常に戻るけれど、「つるつるの湯 下呂温泉 みのり荘」で共有した、曖昧で、温かくて、少しだけ不自由な時間が、これからの私たちの静かなお守りになる気がしている。

湯上がりの火照った肌に、春の夜風が心地よく突き抜けた。

  • 飛騨牛の味噌すき焼きは、最後に残った汁を白米に絡めて味わってほしい。
  • 下呂駅からの送迎バスを待つ間、駅前の路地を一本だけ曲がって歩いてみて。