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コンビニの袋が、夜の静寂を切り裂いたとき

午前二時、理性を追い越した空腹の合図

鼻先をかすめる夜気が、刺すように冷たい。三月の下呂はまだ冬のしっぽを掴んでいて、街の至る所から立ち上る硫黄の香りが、冷え切った空気にしっとりと溶け込んでいた。足湯で温まったはずの指先が、駅からのわずか一分の道を歩く間に、じわじわと凍りついていくのがわかる。下呂ゲストハウス ゲローバルホステル / Gero Guesthouse Gerobal Hostelにチェックインし、非接触式照明のモダンな光に包まれながら、「今日は早めに寝て明日に備えよう」と固く誓い合ったはずだった。けれど、静まり返った部屋の中で、誰かがふいに「何か口に入れたい」と小さく呟いた。その一言が、心地よい眠気に落ちようとしていた私たちの意識に、小さな、けれど抗いようのない亀裂を入れる。私たちはまるで共謀した犯罪者のように、外の寒さを忘れて近所のコンビニへと吸い込まれていった。

戻ってくる道のり、手に持ったビニール袋が、歩くたびにガサガサと騒がしい音を立てる。その音が、今の私たちの密かな高揚感をそのまま代弁しているみたいで、なんだかおかしくなった。袋の中には、計画性の欠片もない品々が詰め込まれている。賞味期限が近い割引の惣菜、名前も知らない地元のスナック菓子、そして誰が言い出したのか、大量のアイスクリーム。重たい袋の底で、冷たいペットボトルが互いにぶつかり合い、鈍い音を鳴らしている。その不規則なリズムが、深夜の静寂の中で心地よい鼓動のように響いていた。

油の香りと、夜が暴いた本音

「ねえ、なんで私たちは、わざわざこの時間に唐揚げを買ったんだろうね」

誰かが個室の畳に腰を下ろしながら、呆れたように笑った。抗菌クロスの清潔な壁に、コンビニの揚げ物の油っぽい匂いが不調和に混ざり合う。けれどその違和感こそが、旅の緊張を心地よく解きほぐしてくれる特効薬だった。

「だって、温泉に入った後はカロリーの概念が消えるっていう、暗黙のルールがあるでしょ」

「そんなルール、どこの世界にあるのよ。というか、あんたが一番『ダイエット中』だって言い張ってたじゃない」

そんなくだらないツッコミが飛び交う。誰かがポテトチップスの袋を開けようとして、指が滑り、中身が派手に畳の上に散らばった。一瞬の静寂。そして、同時に爆笑が起こる。信じられないと思うけれど、その不格好で、少しだけ情けない光景こそが、この旅で一番「私たちらしい」瞬間だったのかもしれない。

「そういえば、桜の開花予想見た? 下呂の街がピンクに染まる頃、またここに来たいね」

「今はその話より、このアイスが溶けて液体になる前に食べることを考えようよ」

会話はあちこちに飛び火し、目的地のない旅のように彷徨う。ひな祭りの雛人形の話から、誰の靴下が一番穴が開いているかという不毛な議論まで。正解のない問いばかりを口にしながら、私たちは口いっぱいにジャンクな味を詰め込んだ。サクッとした衣の食感と、舌の上で溶けるアイスの冷たさ。胃袋が満たされるにつれて、心の中にある正体不明の強張りが、ゆっくりと、温かいお湯に溶けるようにほどけていくのがわかった。友達と一緒にいるということは、こういう、意味のない時間を贅沢に共有することなのだろう。

凪のような静寂と、心地よい空白

最後の一口のアイスが消え、部屋には心地よい疲労感と、微かなバニラの香りが残った。畳の上に散らばった空のパッケージたちが、今夜の私たちの思考の地図のように見える。ガサガサと鳴っていたビニール袋は、今はもうしぼんで、静かに隅に置かれている。さっきまでの騒がしさが嘘のように、厚みを持った静寂が、ゆっくりと降りてきた。

ふと気づくと、隣で誰かが小さく寝息を立て始めている。下呂ゲストハウス ゲローバルホステル / Gero Guesthouse Gerobal Hostelの持つアットホームな空気感は、誰かと繋がっていたいけれど、同時に自分だけの空白も欲しいという矛盾した願いを、静かに受け止めてくれる。私は少しだけ冷たくなった枕カバーに頬を寄せ、天井を見上げた。

外では、飛騨川の流れが遠くで低く鳴っている。あるいは、春を待つ風が窓を叩いているのかもしれない。確かなことは、今の私は、何も計画しなくていいし、誰の期待に応えなくていいということだ。欠けている部分があるからこそ、そこに誰かが入り込む余地が生まれる。私たちは完璧な旅をしたわけではないけれど、この不完全な夜があったからこそ、明日また歩き出せる。空腹が満たされた後の、この凪のような時間が、何よりも贅沢に感じられた。

暗い部屋の中で、空気清浄機の青いランプだけが、静かに呼吸するように点滅していた。

  • 飛騨牛のビーフジャーキー。噛みしめるたびに、旅の夜が深く濃くなっていく味がする。
  • 地元の和菓子。深夜の疲れた脳に染み渡る、甘くて優しい特効薬のようなお菓子。