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川の音と、肩と肩のあいだの距離

川の音と、肩と肩のあいだの距離

舌の上に残る、苦味と冷たさの境界線

結露したグラスの表面が、指先にひんやりと張り付く。チェックインを済ませて、まずに向かったCafeラウンジ「流」で頼んだ抹茶ミルク。ストローを通って上がってきた液体の、少しだけ尖った苦味と、それを包み込む濃厚な甘さが、喉の奥からゆっくりと体温を下げていくのがわかった。外は8月の、逃げ場のない熱気が街を支配していたけれど、ここにある空気はどこか静かで、凪いでいる。もしかすると、この冷たさが、張り詰めていた私たちの心の表面張力を、少しだけ緩めてくれたのかもしれない。隣に座る君が、同じようにグラスの縁を指でなぞっている。言葉にしなくても、お互いに「やっと着いたね」と思っているのが伝わってきて、なんだか不思議な安心感に包まれた。もしかして、私たちはこの冷たい飲み物を介して、ようやく同じ速度で呼吸し始めたのかもしれない、という気がした。


水面に映る光と、畳の匂いが混ざり合う場所

裸足で踏みしめた畳の、少しざらりとした心地よい感触。案内された「百瀬」の客室に入った瞬間、古い木材と、かすかに残るお香のような香りが鼻をくすぐった。部屋の隅まで届く柔らかな光と、開放的な広縁。そこから見える飛騨川の流れは、深い青色をしていて、時折、水面に跳ねる光が部屋の天井にゆらゆらと揺れていた。その光の動きを眺めていると、自分たちの関係も、この川の流れのように、ゆっくりと、でも確実にどこかへ運ばれているような感覚になる。下呂温泉山形屋の空間には、時間を急かさない、ある種の寛容さがある。レトロモダンな調度品たちが、静かにそこに在るだけで、私たちは「完璧な旅人でいなければならない」という、目に見えない義務感から解放されていった。

特に印象的だったのは、客室の半露天風呂に浸かったときのことだ。注がれた天然温泉のぬるま湯が、肌に吸い付くように馴染んでいく。水面がわずかに盛り上がり、境界線を作っている様子を眺めていた。それはまるで、私たち二人の間にあった、名前のつかない緊張感のようだった。近づきたいけれど、触れるのが怖い。でも、お湯に身を任せているうちに、その境界線はゆっくりと溶け出し、気づけば肩と肩が触れ合う距離にいた。飛騨川を渡る風が、火照った頬を心地よく撫でていく。遠くで聞こえる川のせせらぎと、時折通り過ぎる車の音が、心地よいリズムとなって空間を埋めていた。沈黙が、気まずいものではなく、心地よいテクスチャーを持って私たちを包み込んでいた。そんな静寂の中で、私たちは初めて、お互いの本当の輪郭を眺めていたのかもしれない。


溶け出す脂の温度と、不器用な沈黙

箸で持ち上げた飛騨牛が、口に入れた瞬間に、体温でさらさらと溶けて消えた。その濃厚な脂の甘みが舌の上に広がり、思わず小さく吐息が漏れる。専用の個室でいただく会席料理は、どれも丁寧に作られていて、食べるのがもったいないと感じるほどだったけれど、空腹という本能がそれを上回っていた。ふと気づくと、君が箸でうまく掴めなかった小さな付け合わせを、お皿の上で転がして困ったような顔をしている。その、ほんの少しだけ不器用な姿を見たとき、胸の奥がじんわりと温かくなった。私たちはこれまで、お互いに「いいところ」だけを見せようと、ずっと表面張力を維持して生きてきたのかもしれない。でも、ここではそんなことはもう、どうでもいいことのように思えた。

「あ、これ、美味しいね」

君が小さく笑いながら、私の皿に少しだけ料理を分けてくれた。その、なんてことのないやり取りが、どんなに華やかな言葉よりも、深く心に届いた気がする。もしかすると、愛とは、完璧に調和することではなく、こういう不完全な瞬間を、心地よいと感じられることなのだろう。食後にいただいた地酒の、喉を焼くような熱さと、その後にやってくる深い安らぎ。私たちは、お互いの弱さや不器用さを、そのまま受け入れる方法を、この場所でゆっくりと学んでいたのかもしれない。もしかして、孤独とは消し去るべきものではなく、二人で共有できる静かな場所のことなのだろうか。そんな考えが、夜の静寂に溶け込んでいった。


遠くで打ち上がった花火の音が、低い振動となって足の裏から伝わってきた。
  • 飛騨川を眺めながら、Cafeラウンジ「流」で冷たい抹茶ミルクをゆっくりと味わう時間
  • 湯上がり、浴衣姿で下呂温泉の街を散歩し、足湯の里でぼんやりと時間を過ごすこと