← 戻る 木曽屋

畳の上に転がった、小さなサンダルの片方

ポコポコと不規則に跳ねる、卓球の球の音。木曽屋の一階にあるキッズルームでは、子どもたちが小さな卓球台を囲んで、歓声を上げている。大人の試合にあるような張り詰めた緊張感なんてどこにもない。ただ、次に球がどこへ飛んでいくか分からないという純粋な興奮だけが、部屋いっぱいに満ちていた。床に散らばった木製玩具の乾いた感触を足裏に感じながら、「あはは!」と笑う子どもの背中を眺めていると、日常のしがらみがほどけていくのが分かった。



三十種類もの色浴衣が並ぶ光景は、まるで色鮮やかな花畑のようだった。指先で触れる綿の少しざらついた、けれど心地よい質感。私は落ち着いた藍色を選んだけど、子どもたちは「一番派手なのがいい!」と大騒ぎ。帯をきつく締めすぎないよう、小さな腰回りを丁寧に調整してやる。鏡に映る自分たちが、いつの間にか「旅の人」に塗り替えられていることに気づき、胸の奥が小さく高鳴った。湯上がりの火照った肌に、廊下の冷たい空気が触れる瞬間の快感は、何物にも代えがたい。


窓をそっと開けると、遠くから下呂の街のざわめきが、夜風に乗って届く。それは川の流れに似た、あるいは誰かの穏やかな笑い声に似た、輪郭のぼやけた心地よい音だった。深夜三時、静まり返った廊下を歩くと、自分の足音だけがやけに大きく響き、世界に自分だけが取り残されたような錯覚に陥る。けれど、その静寂は孤独ではなく、心に溜まった澱を洗い流してくれる、心地よい空白のような重みを持っていた。


ジュウ、と飛騨牛が焼ける小気味よい音と、鼻腔をくすぐる香ばしい脂の匂い。箸で分けた肉を口に運ぶと、濃厚な旨みがじゅわっと広がり、胃袋からゆっくりと体温が上がっていく。口の周りにタレをつけて、満足げに笑う子どもの顔を見て、ふと思った。「完璧な食事なんて、きっと必要ないな」と。ただ、この温もりと時間を共有していることこそが、旅における最高の贅沢なのだと確信した。


七月の夜、部屋の明かりを落とした瞬間に現れる、外の淡い光。遠くで上がる花火の音が、時間差でゆっくりと、地響きのように届く。窓ガラスに反射した火花の色が、畳の上にゆらゆらと揺れていて、まるで夜空の欠片が部屋の中まで流れ込んできたみたいだ。「きれい……」と小さく呟く子どもの声が、静まり返った空間に溶けていく。光と影が交差するその一瞬、家族の距離がいつもよりずっと近くに感じられた。


大浴場にあるベビーバス。美肌の湯として名高い、とろりとした柔らかなお湯に、子どもをそっと沈める。パシャパシャと跳ねる水の音と、白く濃い湯気が顔を優しく包み込んだ。厚手のタオルで体を拭いてやると、子どもはふにゃふにゃと心地よさそうに笑い、私の肩に小さな頭を預けてきた。その、ずっしりと心地よい重みこそが、今ここにある幸せの正体なのだと、深く胸に刻まれた。


和室(8畳)に漂う、い草の清々しい香りが、ゆっくりと呼吸に混ざり合う。布団を並べて家族で横になると、誰の寝息が一番大きいか、耳を澄ませて確認し合う。右側で子どもが寝返りを打ち、私の腕を軽く蹴ったけれど、私はそのまま静かに目を閉じる。明日になればまた騒がしい一日が始まるけれど、今はただ、この穏やかなリズムに身を任せていたい。

枕元に置いた小さなサンダルが、明日もまたどこかへ連れて行ってくれる。

  • キッズルームの卓球で、あえてルールを無視した「家族対抗・自由大会」を開いて盛り上がってみて。
  • 三十種類の浴衣から、家族で「一番個性的で変な組み合わせ」を選んで、下呂の街を散歩するのがおすすめ。