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黒いラーメンと、鼻先の黒い点

足首まで深く沈み込む、ふかふかの絨毯。その上を、次男が小さな足で全力疾走している。廊下に響くパタパタという軽快な音に耳を傾けていると、彼が不意に立ち止まり、不思議そうに問いかけてきた。「ねえ、温泉って、どこから来るの?」私たちは答えに詰まり、顔を見合わせた。地下深くの暗闇で、地球が静かに熱い呼吸を繰り返しているのかもしれない。そんな曖昧な答えを返しながら、大江戸温泉物語Premium 下呂本館の長い廊下をゆっくりと歩く。正解を導き出すことよりも、こうして一緒に世界に不思議がる時間こそが、何よりも贅沢で価値があるのだと感じた。


指先に触れる浴衣の生地は、少しだけ硬くて、それでいて心地よい安心感のある重さがある。大浴場の脱衣所で、冬の冷たい空気が肌を撫でた瞬間、心地よく身が引き締まった。しかし、湯煙に包まれ、肩までお湯に浸かったとき、その温度がちょうどよく、自分と世界の境界線がゆっくりと溶けていく感覚に陥る。隣では次男が「あついー!」と叫びながら潜ろうとして、慌てて止める。完璧な静寂などここにはないけれど、この賑やかな騒がしさが心地よいのは、きっとここが誰にとっても、ありのままの自分でいられる寛ぎの場所だからだろう。
遠くから微かに聞こえてくるカラオケの歌声と、誰かが弾けるように笑い転げている声。それらがホテルの広い空間に溶け込み、心地よい生活のノイズとなって耳に届く。下駄で歩くときの、カランコロンという乾いた音が、冬の静寂にリズムを刻んでいく。その音と音の間にある空白に、家族の穏やかな気配がぎゅっと詰まっている。耳を澄ませば、キッズパークで子供たちが何かを競い合っている賑やかな歓声が聞こえてくる。静まり返った空間よりも、こうした人生の断片のような音が混ざり合った場所の方が、人は自分らしく、深く呼吸できるのかもしれない。
バイキングコーナーで出会った、見たこともない真っ黒なラーメン。富山ならではの深いコクを持つ黒いスープを前にして、長男が「これ、本当に食べて大丈夫なの?」と不安そうに呟いた。恐る恐る一口啜ると、濃厚で芳醇な味わいが口いっぱいに広がり、心まで温まっていく。その隣で、次男が夢中で麺をすすった結果、鼻の頭にぽつんと黒い点がついた。それを見た瞬間、家族全員が堪えきれずに吹き出した。洗練された高級ディナーではないけれど、この小さな黒い点こそが、今回の旅で一番鮮やかで美味しい記憶になった気がする。
高層階の窓から見下ろすと、黒部川が冬の深い青色に染まって、静かに流れていた。二月の凍てつくような冷たい空気が、厚いガラス越しにじわりと伝わってくる。街の灯りが川面に反射し、小さな光の粒が宝石のようにゆらゆらと揺れている。その光を眺めていると、自分たちが今、とても高い場所にいて、同時にとても温かく守られた場所にいることがわかる。景色が綺麗だという言葉を交わすよりも、ただ隣に誰かがいて、一緒に同じ色を見つめているという事実の方が、ずっと深く心に刻まれる。
キッズパークの隅に、誰が忘れたのかわからない小さなプラスチックの車が落ちていた。指で触れると、薄く埃をかぶっていて、ひんやりと冷たい。けれど、その小さな車がここに残されていることで、かつてここで誰かが全力で遊び、笑い転げていた時間が鮮やかに想像できる。形あるものはいつか失われるけれど、その場所で感じた純粋な高揚感だけは、空気の中に静かに蓄積されていく。私たちは、そんな目に見えない記憶の欠片を拾い集めるために、わざわざ旅に出るのかもしれない。
部屋に戻り、和洋室の柔らかなベッドに家族全員で潜り込む。外はまだ凍えるような寒さだけれど、布団の中は心地よい熱気が充満し、繭の中にいるような安心感に包まれている。次男の規則正しい寝息と、長男の遠慮のない寝相の悪さ。もみ合いながら、それでも離れたくない距離感。明日になればまた、慌ただしい日常の戦いが始まるけれど、今はただ、この濃密な温もりに身を任せていたい。欠けている部分があるからこそ、お互いの体温がこんなにも心地よく感じられるのだと思う。

冬の夜、最後の一灯を消したあとの、深い静寂と家族の温もり。

  • 子供と一緒に黒いラーメンに挑戦して、誰が一番鼻を黒くするか競ってみるのがおすすめ。
  • 宇奈月温泉駅から徒歩五分の道のり、二月の冷たい空気を吸い込みながら、川の音に耳を澄ませて歩いてほしい。