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100年前の床を叩く、小さな足音

100年前の床を叩く、小さな足音

裸足で踏みしめた床が、ひんやりと心地よく、同時に吸い付くような滑らかさを持っていた。元湯 環翠楼の長い廊下を、次男が全力で駆け抜ける。タッタッタ、と乾いた音が、高い天井を持つ古い木造建築の中に軽やかに響き渡る。彼は「ここは魔法の家みたいだ!」とはしゃいでいたけれど、彼が感じていたのは魔法ではなく、長い年月を経て磨き上げられた木の、しっとりとした弾力だったのかもしれない。大正時代からここに在り続ける床は、彼のような小さな足音を、一体どれほどの回数、優しく受け止めてきたのだろうか。


貸切露天風呂付き客室の湯に体を沈めたとき、肌にまとわりつく感覚が、まるで薄い絹の膜を纏ったかのように柔らかかった。アルカリ単純泉特有の心地よいぬめりが、肩に溜まっていた日常の重い澱を、ゆっくりと溶かし出していく。隣では長女が、お湯をパシャパシャと跳ねさせて無邪気に笑っている。もし静寂だけを求める旅だったなら、この騒がしさは邪魔に感じたかもしれない。けれど、白い湯気に包まれて子供の笑い声を聞いていると、この不揃いなリズムこそが、今の私にとって一番必要な癒やしだったことに気づかされる。
風が吹くたびに、外の紅葉がサワサワと密やかにささやき、時折、建物のどこかで「ギギッ」と小さな鳴き声が聞こえる。国登録有形文化財という歴史を背負ったこの建物が、深く呼吸をしている音のようにも、あるいは、かつてここに泊まった誰かが、今の私たちに静かに挨拶をしているようにも聞こえた。窓を開けると、11月の箱根の冷たい空気が、一気に部屋の中へ流れ込んでくる。その鋭い冷たさが、かえって室内の畳が持つ柔らかな温もりを際立たせていた。音のない時間があるのではなく、あらゆる音が層になって重なっている。そんな豊かな感覚が、ここにはある。
食卓に並んだ炊き立てのご飯から、真っ白な湯気がふわりと立ち上がっていた。土地の湧き水で炊かれたというその粒は、一粒一粒が凛と立っていて、口に運ぶと滋味深い甘みがゆっくりと広がった。神代杉のテーブルの、ずっしりとした重厚な感触が指先に伝わる。普段なら「野菜もちゃんと食べなさい」と口うるさく言うけれど、ここでは不思議とそんな言葉が出なかった。子供たちが、慣れない箸使いで一生懸命に旬の食材を口に運ぶ様子を、ただ愛おしく眺めていた。「美味しいね」と誰かが呟いたとき、その言葉が空気に溶けて、家族の間に温かい空白が生まれた気がした。
午後4時。障子越しに差し込む光が、次第に濃いオレンジ色に染まり始めていた。外の紅葉が、部屋の中にまで鮮やかな赤い影を落としている。その光の粒が、畳の上をゆっくりと、まるで生き物のように移動していくのを、私たちはただ黙って見ていた。特別な会話なんて何もなかったけれど、同じ方向を向いて、同じ光の色を共有している。それだけで、心の中のささくれだった部分が、少しずつ丸くなっていく。光と影の境界線が曖昧になる黄昏時。そこには、名前のつかない深い安らぎがあった。
浴衣の帯を締めようとして、もたつく次男。彼は忽然、それをスーパーヒーローのマントのように肩にかけ、廊下を勢いよく駆け出した。「見てて!」と叫ぶ彼の背中を追いかけながら、私はふと、自分の浴衣の袖が少しだけ長いことに気づいた。布が指先を隠す。そのもどかしさが、なんだか心地いい。完璧に整った日常の鎧を脱ぎ捨てて、少しだけ不自由な格好をすること。それが、自分を緩めるためのスイッチになるということを、この宿の柔らかな布地が教えてくれた気がした。
夜、敷き詰められた布団の中に深く潜り込む。畳のい草の清々しい香りと、清潔なリネンの匂いが混ざり合って、深い安心感に包まれる。子供たちの規則正しい寝息が、部屋の中に穏やかなリズムを作っていた。暗闇の中で、隣に誰かがいるという確かな体温だけを感じている。明日になればまた、忘れ物探しや小さな喧嘩に追われる日常が戻ってくるだろう。でも、今この瞬間、私たちはただ、この静かな空間の一部になれている。足りないものがあるからこそ、今ここにある温もりが、こんなにも鮮やかに感じられるのかもしれない。

心地よい眠りの手前で、遠くの川のせせらぎが耳に届いた。

  • 子供と一緒に、歴史ある建築様式を「探検」するように歩いて、大正時代の面影を探してみてください。
  • 飲泉が可能ですので、お気に入りのボトルを持って、箱根の自然が育んだお湯の味わいを体験してください。