← 戻る 吉池旅館

裾をひきずったまま、庭の奥へ

少しざらりとした浴衣の生地が、子供の小さな肩からずり落ちそうになっている。裾が長すぎて、歩くたびに畳の上を「さすさす」と掃く乾いた音が心地よい。
「ねえ、このお洋服、長すぎるよ!」
下の子が声を上げて笑う。私はそれを直してあげる代わりに、そのまま庭へ出ようと彼の手を引いた。廊下を歩くとき、裸足の裏に伝わる木の冷たさが、心地よい緊張感となって意識を覚醒させてくれる。



湯気で視界が白く塗りつぶされた半露天風呂。吉池旅館の源泉を贅沢に使う掛流し方式のお湯は、肌に吸い付くように滑らかだ。十月の外気は少し冷たく、頬を撫でる風に秋の鋭さが混じる。けれど、肩まで浸かった熱いお湯が、その冷たさを心地よい刺激へと変えてくれる。
隣では上の子が「見て!お魚みたい!」と、水中で足の指を激しく動かしていた。静寂を求めて来たはずなのに、弾ける水しぶきと無邪気な笑い声が空間を埋めていく。この賑やかさこそが、今の私たちにとって最も正しいリズムなのだと感じた。


箱根湯本駅から旅館まで歩くわずか七分間。アスファルトを叩く規則的な靴音に、時折、誰かの楽しげな話し声が混じる。道端の紅葉が風に揺れ、カサカサと乾いた音を立てていた。
ふと気づけば、家族の歩幅はバラバラだ。好奇心に突き動かされて前を急ぐ子と、足元の小さな石に心を奪われて立ち止まる子。その不揃いな距離感こそが、旅というものの正体なのだろう。完璧な行進よりも、この心地よいズレにこそ、家族の個性が宿っている。


ステーキハウス吉池で、目の前の鉄板から上がる激しい焼ける音。バターが溶け出し、肉の旨味と混ざり合う濃厚で香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「僕、大人みたいにナイフで切りたい!」
上の子が意気込む。格闘すること数分、結局お肉が皿の外へ転がっていったけれど、誰もそれを気にせず笑っていた。口の中でとろける牛肉の脂の甘みが、日常の緊張で強張っていた心を、ゆっくりと、深く緩めてくれる。


午後三時の山月園。池泉回遊式庭園の木々の隙間から差し込む光が、オレンジ色に染まった葉を透かし、地面に複雑なレースのような模様を描いている。光と影の境界線が、秋風に吹かれてゆらゆらと揺れていた。
下の子がその影を追いかけて、小さな足でぴょんぴょんと跳ねている。完璧に構図を決めた風景写真よりも、その不格好で愛らしい跳躍の方が、ずっと鮮明に記憶に刻まれる気がした。


ラウンジの深いソファに身を沈め、読みかけの本を開く。指先に触れる紙の質感と、遠くで聞こえる子供たちの賑やかな話し声。
本の内容は半分も頭に入ってこなかったけれど、それでいい。誰かがそばにいて、適度な距離感で賑やかであること。その絶対的な安心感だけが、しおりのように私の心にそっと挟まっていた。


夜、布団の上に転がったとき、リネンの清潔な匂いがふわりと広がった。子供たちが私の腕の中で、規則正しい小さな寝息を立て始めている。
旅の計画表に書き込んだ「行くべき場所」の半分も回れなかったけれど、もしかしてそれが正解だったのかもしれない。予定という枠に収まりきらなかった空白があるからこそ、そこに家族の笑い声という大切な記憶が流れ込んでくる。そんな気がして、私もゆっくりと目を閉じた。

明日もきっと、誰かが浴衣の裾を踏んで、賑やかに転ぶのだろう。

  • 子供と一緒に山月園の庭を散策して、一番不思議な形の落ち葉を探してみてください。
  • ファミリースイートの半露天風呂で、外の冷たい空気と温かいお湯のコントラストを親子で堪能して。