← 戻る しこつ湖 鶴雅別荘 碧の座

濡れた落ち葉と、小さな靴の音

濡れた落ち葉と、小さな靴の音

凍てつく空気と、不器用な家族の足音

11月の千歳は、空気がピンと張り詰めていて、呼吸をするたびに肺の奥が心地よく冷たくなる。足元には濡れた落ち葉が幾重にも敷き詰められており、歩くたびにしっとりとした、どこか懐かしい土と森の匂いが立ち上がってくる。新千歳空港から送迎車で40分。車窓から見える景色が、鮮やかな紅葉から次第に深い冬の色へと染まっていくのを、後部座席で飽き飽きした顔の子供たちが眺めていた。「ねえ、なんで湖はこんなに青いの?」と次男が問いかけてきたが、私は明確な答えを持っていなかった。ただ、窓の外に広がる深い碧のグラデーションが、今の私たちの不器用な心の揺れに似ているな、と感じた。長男は自分のリュックを絶対に離さないと主張し、隣で次男がそれを引っ張る。そんな、いつもの小さな戦い。家族での旅というのは、常に誰かが何かを欲しがり、誰かがそれに抗う、そんな不器用なリズムの積み重ねなのだろう。けれど、その喧騒さえも、これから訪れる静寂への前奏曲のように思えた。

境界線を越え、土の記憶に抱かれる場所

しこつ湖 鶴雅別荘 碧の座の重厚な扉を開けた瞬間、外の刺すような寒さはふっと消え、代わりに温かな木の香りと深い静寂が肌を包み込んだ。ロビーに足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、高さ8メートルに及ぶ「万歴継承壁」という圧巻の壁だった。土の色が幾重にも重なり、指先で触れると、ざらりとした、けれどどこか体温のような温もりが伝わってくる。1万個以上のしじみが埋め込まれていると聞き、子供たちは地層の化石を見つけたかのように急に静まり返った。都会の喧騒の中で、私たちはいつも「効率」という速度で生きているけれど、ここでは時間が違う速度で流れている。あるいは、時間という概念そのものが、この土の壁に吸い込まれて消えてしまったかのような感覚。ただそこに立っているだけで、張り詰めていた心の輪郭が少しずつ柔らかくなっていくのが分かった。

碧い森に囲まれた、家族だけの秘密の城

部屋に入った瞬間、子供たちは弾かれたように駆け出した。120平方メートルを超えるプライベートヴィラの空間は、彼らにとって最高の領土となる。厚みのあるカーペットに足が沈み込む心地よさに、長男はそのまま大の字に寝転んだ。大人の私たちが「汚さないでね」と口にする前に、彼らはすでにこの部屋の主になっていた。でも、不思議とそれが心地よかった。広いダイニングキッチンに、誰がどこに座っても余裕があるリビング。家族というチームが、お互いのパーソナルスペースを侵害せずに共存できる、絶妙な距離感がある。

そして、何より贅沢だったのは、部屋に備え付けられたプライベートスパだ。湯船に身を沈めると、冷え切っていた指先からゆっくりと熱が浸透し、凝り固まった肩の力が水の中に溶け出していく。お湯の温度がちょうどよく、心まで解きほぐされていく。隣では子供たちが、お湯を跳ね飛ばしながら「お魚さんみたい!」とはしゃいでいる。静寂を求めて来たはずなのに、この騒がしさが、今の私には一番必要な癒やしの音だったのかもしれない。孤独とは取り除くべきものではなく、こうした賑やかさの中で、ふと自分に戻るための空白のようなものなのだろう。バスローブに身を包み、ふかふかのベッドに潜り込んだとき、シーツのパリッとした質感と、かすかな石鹸の香りが、深い安心感となって身体を包み込んだ。ここでは、誰が泣き叫んでも、誰がわがままを言っても、すべてを包み込んでくれる十分な余白がある。

硝子の向こうに広がる、静謐な碧の世界

翌朝、まだ少し眠い目をこすりながら、窓辺に立った。ガラス一枚を隔てて、そこには「支笏湖ブルー」と呼ばれる、深く、透き通った青が広がっていた。11月の朝の光が水面に反射して、キラキラとした小さな光の粒が宝石のように踊っている。外はまだ凍えるような寒さだろうけれど、室内は心地よい温度に保たれている。その鮮やかな対比が、今の自分たちがどれほど安全な場所に守られているかを、物理的な温度として教えてくれた。子供たちが私の足元に寄り添い、一緒に外を眺める。彼らの小さな瞳の中に、あの深い青が映り込んでいた。私たちは何も話さなかったけれど、その沈黙はとても濃密で、心地よかった。完璧なスケジュールをこなす旅ではなく、ただこうして、同じ景色を眺めて、同じ温度を感じる。そんな、なんてことのない時間が、実は一番贅沢な贈り物だったのだと気づかされる。碧い湖は、まるで巨大な鏡のように、私たちの不器用な家族の姿を、静かに、肯定的に映し出していた気がする。

窓の外で、一羽の鳥が静かに水面をかすめて消えていった。

  • 11月の支笏湖は想像以上に冷え込むため、お子様には厚手の靴下と、脱ぎ着しやすい上着を多めに持たせてあげてください。
  • ロビーの土壁を眺める時間は、あえて予定に入れず、ただ静寂に身を任せてぼーっと過ごすことをおすすめします。