← 戻る しこつ湖 鶴雅別荘 碧の座

雨に濡れた靴の重さと、誰かの笑い声

雨に濡れた靴の重さと、誰かの笑い声

傘がうまく閉じず、指先に冷たい水滴がしつこく残っていた。誰が一番早くずぶ濡れになるか賭けていたけれど、結果は全員の完敗。しこつ湖 鶴雅別荘 碧の座に辿り着いたとき、私たちの靴は重い泥の塊と化し、歩くたびにぺちゃぺちゃと情けない音が鳴り響いていた。湿った土の匂いと、肌を刺すような冷気が、旅の始まりを告げていた。



ヒメマスの皮がパチパチと小気味よい音を立てて焼けていた。銀色の鱗が照明を反射して、皿の上で小さく踊っているみたいだ。香ばしい炭の香りが鼻腔をくすぐる。最後の一切れを誰が食べるかで十分ほど言い争ったが、結局はジャンケンで決着。負けた者が悔しそうに飲み込んだ白ワインの、少し酸味のある冷たい味が、まだ喉の奥に残っている気がする。


ロビーに鎮座する巨大な土壁。縄文時代から続く地層だという説明を読み、「歴史の重みを感じるな」と誰かが格好つけた瞬間、隣で盛大なクシャミが炸裂した。土のざらりとした質感と、静寂を切り裂く音。一気に日常へと引き戻された空気に、私たちは同時に吹き出した。気取った旅なんて、私たちには似合わない。


プライベートヴィラのカーペットが想像以上に厚く、裸足で歩くと足首まで心地よく埋まりそうになる。最高級の空間に身を置いた途端、急に全員が「お行儀よくしなきゃ」という顔をしたけれど、三十分後には誰かがベッドで大の字になり、盛大な寝息を立てていた。そのあまりに人間的なギャップに、ふっと肩の力が抜けた。


窓ガラスに張り付いた雨粒が、外の景色を細かく砕いていた。プリズムのように光が分散し、支笏湖の深い青がいくつにも分かれて見える。正しい景色なんてどこにもなくて、ただ光が屈折しているだけなのかもしれない。けれど、その歪んだ青の方が、今の私たちの不器用な関係にしっくりくる気がした。


露天風呂のお湯がちょうどよく、指先の強張りがゆっくりと溶けていく。石鹸の淡い香りが指の間で白く泡立ち、洗い流されるたびに思考まで白くなっていく。脱衣所から部屋へ戻る際、裸足で触れるタイルのひんやりした感触。その鮮やかな温度差が、自分が今ここに存在していることを、静かに教えてくれる。


夜の森に、小さな光が不規則に点滅していた。ホタルを探して歩き出したけれど、結局どちらが北かもわからず、深い緑の迷路に迷い込んだ。しっとりとした苔の匂いと、遠くで鳴く鳥の声。暗闇の中で誰かの肩がぶつかったとき、心臓が跳ねたけれど、直後に聞こえた「大丈夫かよ」という呆れた声に、不思議な安心感を覚えた。


朝の六時。コーヒーの湯気が、冷たい空気の中で白く揺れている。昨日まであんなに言い争っていたことが、もう遠い記憶のように淡い。欠けている部分があるからこそ、隣に誰かがいることがわかる。そんな気がして、わざとゆっくりと、温かいカップを口に運んだ。

湖の青が、ゆっくりと雲の白に溶けていく。

  • ヒメマスの塩焼き、あれは絶対に食べて。正解の味だと思う。
  • 地図を捨てて、あえて迷子になる時間を。その方が面白いことに気づくから。