← 戻る 函館国際ホテル

朝ごはんの途中で、誰かが笑い出した

なぜ、あえてこの冬に家族でここを訪れたのか

11月の函館駅に降り立った瞬間、指先が白くなるほどの冷気が襲いかかった。空気が鋭い刃物のように肺の奥まで入り込み、呼吸をするたびに身が引き締まる。上の子はコートのボタンを掛け違えて心細げに肩をすくめ、下の子はもう歩くのをやめて親の足にしがみついている。旅の始まりにあったのは、高揚感よりもむしろ、互いの不機嫌さに気を遣うザラザラとした緊張感だった。それはまるで、まだ水に溶けていない粗い塩の結晶を口に含んだときのような、少しだけ痛い感覚に近い。「本当に来て正解だったのだろうか」という小さな不安が、冷たい風に煽られて心の中で渦巻いていた。

JR函館駅から函館国際ホテルまで歩くわずか数分、アスファルトを叩く靴音だけが規則正しく響く。建物の隙間から、潮風に混じったどこか懐かしい煙のような、冬を待つ街の匂いが漂ってきた。しかし、ホテルの自動ドアが開いた瞬間、世界は一変する。刺すような寒さが遮断され、陽だまりのような温かい空気が全身を包み込んだ。ロビーの柔らかな琥珀色の照明と、かすかに漂う清潔なリネンの香りが、さっきまで互いに張り詰めていた家族の境界線を、ゆっくりと曖昧にしていく。ここは単に泊まる場所ではなく、バラバラだった個々のリズムを、一つの心地よいテンポに調律してくれる場所なのだろう。私たちはただ、この温もりに身を委ねて、誰かが誰かを許し合える時間を待っていただけなのかもしれない。

子供たちの心を奪ったのは、どんな景色だったか

翌朝、1階のレストランに降りたとき、子供たちの目は完全に「狩猟モード」に切り替わっていた。朝食バイキングの喧騒の中、カトラリーが皿に当たる高い音と、あちこちから聞こえる期待に満ちた話し声が心地よいリズムを刻んでいる。その中で、彼らが一直線に向かったのは、宝石のように輝くいくらのコーナーだった。

「僕が盛るよ!」と言い張る上の子と、それに不満げに口を尖らせる下の子。大人の目から見れば、それは単なるわがままに見えるかもしれない。けれど、子供たちにとっては、自分の皿の上にどれだけ多くのオレンジ色の球体を積み上げられるかという、人生をかけた極めて真剣なミッションなのだ。実際、下の子が盛り付けに集中しすぎて、ご飯の上にいくらを山のように積み上げたとき、その絶妙なバランスが崩れて一粒がテーブルにコロコロと転がった。その瞬間、まるで映画の静止画のように動きが止まり、それを見た上の子が堪えきれずに吹き出した。

もらったはずの怒りはどこへ行ったのか、二人は顔を見合わせ、クスクスと笑い合いながら、転がった一粒を指で拾い上げようと競い合う。その光景を見ていて、ふと思った。完璧な家族旅行なんて、どこにもないし、必要もない。むしろ、こういう「失敗」や「乱雑さ」こそが、後で思い出したときに一番鮮やかに色づく記憶になるのだ。口の中で弾けるいくらの、濃厚で少しだけ塩気のある味わい。それは旅の始まりにあったあの鋭い塩気とは違う、心まで満たされる温かい幸福感に似た味だった。子供たちが夢中で頬張る横顔を眺めながら、私は自分のコーヒーが冷めていくのも忘れ、ただその愛おしい光景に浸っていた。

旅立ちのとき、心に深く刻まれていたものは何か

旅の締めくくりに訪れた、最上階の天然温泉展望大浴場。お湯に浸かった瞬間、肌がじわっと緩み、旅の間ずっと無意識に強ばっていた筋肉が、深い場所から解けていくのが分かった。湯船から顔を出すと、目の前には函館の街並みがパノラマのように広がっている。11月の冷たい空気が、湯気で白く濁ったガラスの向こう側で、静かに街を包み込んでいた。

子供たちは、お湯の中で潜る真似をしては、激しい水しぶきを上げて笑っていた。大人が気にする「静寂」なんて、彼らにとっては存在しない。けれど、その騒々しさが、不思議と心地よいBGMのように聞こえた。お湯の温度がちょうどよかったせいか、あるいは、この高い場所から街を眺めていたせいか、心の中にあった小さなわだかまりが、温水に溶け出した塩のように、跡形もなく消えていた。

脱衣所で分厚いタオルにくるまり、肌が心地よくしびれているとき、下の子が私の手をぎゅっと握ってきた。その小さな手のひらの温度が、何よりも確かな正解のように感じられた。ホテルを出て、再びあの冷たい外気に触れたとき、私たちはもう、駅に降り立ったときのような不機嫌な集団ではなかった。冷たい風に吹かれながらも、自然と肩を寄せ合って歩く。その心地よい距離感こそが、この旅で得た一番の戦利品だった。

冷えた指先を温かいポケットにねじ込み、次の旅を語らう家族の背中。

  • 朝食のいくらコーナーでは、ぜひお子様と一緒に「誰が一番高く積めるか」を競いながら楽しんでください。
  • 天然温泉展望大浴場では、あえて何も考えず、湯気越しに街の灯りが滲むのを静かに眺めていてほしい。