← 戻る 函館大沼 鶴雅リゾート エプイ

指先に残った、ぬるいお湯の温度

指先に残った、ぬるいお湯の温度

記憶の温度、視線の交差

大沼公園駅からホテルまで歩くわずか5分。秋の空気は18度ほどで、しっとりと湿り気を帯びていた。肺の奥まで冷たい空気が入り込むたび、意識が研ぎ澄まされていく。私たちは「冒険だ」なんて言い合っていたけれど、実際は重いスーツケースがアスファルトを叩く乾いた音に、心地よい疲労感を覚えていただけだったのかもしれない。函館大沼 鶴雅リゾート エプイの重厚な扉を開けた瞬間、外の冷たさが嘘のように、古い木材の温もりとハーブが混ざり合った濃密な香りが鼻をくすぐった。ロビーに漂う静謐な空気と温かい照明が、旅人の心をゆっくりと解きほぐしていく。案内されたスパリビング付きツインルームに入り、まず目に飛び込んできたのは、白く揺れる湯気が幻想的な露天風呂。水面は完璧な水平を保ち、そこに触れれば、張り詰めた日常の表面張力がふっと切れて、すべてが混ざり合う。そんな予感に胸が締め付けられた。28平方メートルの空間に荷物を広げると、そこはもう心地よい戦場だった。私たちは顔を見合わせて、少しだけ情けなく、けれど幸せそうに笑った。

カチリ。ドアの鍵が閉まる音が、静寂の中に鋭く響いた。廊下のひんやりとした空気が、部屋のぬくもりに押し出されて消えていく。隣に立つ君の呼吸が、いつもより少しだけ速い気がした。午後5時の陽光が低い角度から差し込み、フローリングの上に長い黄金色の帯を引いている。光の粒が、舞い上がる埃と共にゆっくりと円を描いて踊っていた。視線を上げれば、スパルームから立ち上る湯気が白く霞み、視界を柔らかくぼかしている。お湯が器を満たしていく、あの規則正しく心地よいリズム。私たちは言葉を交わさなかったけれど、互いの肩が触れそうで触れない、わずか数センチの空白に、今の私たちのすべてが凝縮されているような気がした。私はただ、自分の指先をじっと見つめていた。この静寂が壊れるのが怖くて、同時に、誰かに壊してほしいと願っていた。部屋に満ちる森の気配とリネンの清潔な香りが、私たちの緊張を優しく包み込んでいた。

銀色の波が繋いだ静寂

窓の外には、九月の七飯町を象徴するススキの群生が、地平線までどこまでも広がっていた。風が吹くたびに銀色の波がうねり、それはまるで大地の上に降りた静かな川のようだった。流体のように形を変えながら、緩やかに、けれど確実に流れていく時間。私たちはどちらからともなくバルコニーへ出た。冷たい風が頬を撫でたとき、君が私の手にそっと自分の手を重ねた。指先から伝わるのは、温泉の余熱を帯びた、少しだけぬるい温度。完璧な熱さではないけれど、それが今の私たちにはちょうどよかった。平行線のままだった二人が、この大沼の森の中で、ほんの少しだけ角度を変えて交わった。そんな気がした。ディナーで味わった、半径50マイル以内で獲れたという地元の野菜。土の匂いがする濃い味わいを二人で「美味しいね」と呟いたとき、私たちの間の空気は、ようやく透明な水のように澄み渡っていた。

溶け合う湯気の中で、二人の輪郭がゆっくりと重なっていく。

  • 駅からホテルまでの道すがら、湿った土と森の香りを深く吸い込んで歩くこと。
  • スパリビングの湯船に身を委ね、あえて沈黙の中で外の風の音に耳を澄ませること。