午後3時、白樺の白い肌に指先が触れたとき
指先に触れた白樺の樹皮は、驚くほど冷たくて、けれどどこか乾いた紙のような質感だった。帯広リゾートホテルから車で数分の場所にある白樺並木。3月の空気はまだ鋭く、吐き出す息が小さな白い雲になって、私たちの間にたゆたっている。隣を歩く君との距離は、あと数センチ詰めれば手が触れるけれど、あえてそのままにしておく。その空白に、今の私たちの心地よさが詰まっている気がしたから。
空の色は、冬の灰色から、ほんの少しだけ透明度を増した水色に変わり始めている。誰かが言っていた桜の開花予想の話や、街で見かけたひな祭りの飾り付けのこと。そんな、とりとめもない会話が、冷たい風にさらわれて消えていく。もしかしたら、私たちは答えを求めて旅に出たわけではないのかもしれない。ただ、この張り詰めた気圧の中で、お互いの体温がどれくらいの速さで伝わるのかを確かめたかっただけのような気がする。
ふと、足元の雪が緩んでいて、私のブーツが深く埋まった。バランスを崩して、情けない格好でよろけたとき、君が小さく吹き出した。いつもは冷静な君が、そんな風に笑うのは久しぶりだったと思う。その瞬間、張り詰めていた空気がふわりと緩んで、世界が少しだけ柔らかくなった。完璧な旅なんて必要ない。ただ、こういう、ちょっとした綻びがある時間こそが、私たちの本当の距離を教えてくれるのかもしれない。
午前2時、透明な殻の中で星を数える
部屋に戻り、グランピングドームのベッドに潜り込む。天井が透明なこの空間は、まるで夜をそのまま切り取って、そこに私たちを閉じ込めた大きな殻のようだ。外は凍てつくような静寂に包まれているけれど、室内の空気は適度に温かく、布団の重みが心地よく体に馴染んでいく。天井に広がる星たちは、鋭い光を放っていて、見ているだけで視線が吸い込まれそうになる。私たちはどちらからともなく、肩を寄せ合って、ただ黙って夜空を見上げていた。
その前に浸かったモール温泉の感覚が、まだ肌に残っている。茶褐色に濁った、大地の記憶が溶け出したようなお湯。それは単なる温泉というより、温かい泥のような、あるいは濃いスープのような、有機的な質感だった。肌にまとわりつくその温度が、心の奥底にある緊張をゆっくりと解いてくれた気がする。サウナで汗を流し、冷たい空気に身をさらした後の、あの深い脱力感。身体の輪郭が曖昧になり、自分がどこまでで、君がどこから始まるのかが分からなくなるような、不思議な感覚。
「ねえ、今、何考えてる?」
君の問いかけに、私はすぐには答えなかった。考えを言葉にすると、この心地よい不確かさが消えてしまいそうで怖い。けれど、繋いだ手のひらから伝わってくる体温だけは、嘘をつかない。私たちはまだ、お互いのことをすべて理解できているわけではないし、これからも分からないことが多いのかもしれない。でも、それでいい。この広い十勝の平野に、私たち二人だけが取り残されたようなこの静寂の中で、ただ呼吸が重なる音を聞いているだけで、十分な気がした。
枕元のランプを消すと、星明かりだけが、私たちの輪郭を淡く縁取っていた。
- モール温泉の後は、あえて外の冷たい空気に触れてから、暖かい飲み物をゆっくり飲んでみてください。
- グランピングドームでは、照明をすべて落として、ただ星の動きを追いかける時間を10分だけ作ってみてください。