← 戻る GRAN PALETTE HAKODATE(グランパレット函館)

濡れたスニーカーがカーペットに吸い込まれる音

濡れたスニーカーがカーペットに吸い込まれる音

予定調和が心地よく崩れる音

ロビーに足を踏み入れた瞬間、湿った傘から滴る水滴が、磨き上げられた床に不規則な点描を描いていた。六月の函館は、空気そのものが濃い水分を孕み、肌にまとわりつく重い湿度がある。誰が予約したのかさえ曖昧なまま、私たちは四つの大きなスーツケースを不器用に転がした。ゴロゴロと床を叩く騒々しいリズムと、誰かがこぼした屈託のない笑い声。雨に濡れたジャケットの冷たさが肩に残り、鼻腔をかすめるのは潮風と濡れたコンクリートの匂い。「最悪のタイミングで来たね」と誰かが呟き、私たちは互いの情けない姿に笑いながら、エレベーターへと吸い込まれていった。

グランパレット函館が教えてくれた、心地よい距離感

「広すぎる部屋」は、喧嘩の最善の解決策になる。
GRAN SUITE 1の贅沢な空間は、想像以上に広かった。誰かが朝起きられないことで口論になっても、部屋の端から端まで歩けば、相手の姿が見えなくなる。物理的な距離が感情の冷却期間をくれ、「まあいいか」と思える心の余裕が生まれる。結果として、私たちは一度も本気で怒ることなく、ただ広い空間に心地よく散らばった。

「徒歩圏内」という言葉の、本当の意味。
金森レンガ倉庫まで歩いて十二分。数字だけ見れば簡単だが、六月の雨の中を歩く時間は、靴の中がじわじわと湿っていく忍耐の時間だ。けれど、その不快感があるからこそ、ホテルに戻って裸足で踏んだタイルのひんやりとした温度が、たまらなく快楽的に感じられた。不便さは、快楽を増幅させるスパイスのようなものかもしれない。

バレルサウナの中では、沈黙さえも共有できる。
芳醇な木の香りが立ち込める狭い空間で、熱気に包まれているとき、私たちはあんなに喋っていたのが嘘のように静かだった。滴る汗の音だけが響き、肺の奥まで熱い空気が満ちていく。無理に会話を繋げようとしなくていい。同じ温度に身を置くだけで、言葉以上の理解が得られるという気がした。サウナを出た後の冷たい空気は、心まで洗ってくれるようだった。

朝食のテーブルこそが、唯一の作戦会議室。
誰がどこへ行くか、何を食べるか。結局、計画なんて潮の流れのように不確かなものだ。プレートに盛られた地元の味を口に運びながら、私たちはその日の「適当なプラン」を組み立てた。正解を探すのではなく、その時の気分で動く。それがこの旅の正解だったのだと、後になって気づく。

リストの外側にあった、青い時間

本当は、もっと効率的に観光地を回るつもりだった。けれど実際には、部屋で誰かが持ってきたお菓子を囲み、とりとめもない話をしていた時間のほうがずっと鮮やかだった。ある日の夕暮れ、ふと思い立って外に出ると、街のあちこちに紫陽花が咲いていた。雨に濡れて、深く、濃い青色をした花びら。それは都会で見る色よりもずっと寂しくて、けれど同時に、ひどく贅沢な色に見えた。私たちは誰からともなく歩みを止め、ただその青さを眺めていた。「靴、全部びしょびしょだね」という呟きに、同時に吹き出した。計画にない寄り道、予定外の雨、そして取り返しのつかない濡れた靴。そんな些細な失敗の積み重ねが、旅の輪郭をくっきりとさせていく。GRAN PALETTE HAKODATEという拠点があったから、私たちは安心して「迷子」になれたのかもしれない。夜、ベッドに深く沈み込んだとき、遠くで聞こえるベイエリアの静かなざわめきが、心地よい子守唄のように耳に届いた。

濡れた髪を乾かしながら、私たちは次の日の「適当な旅」を夢見た。

  • 六月の函館を歩くなら、防水のスニーカーを用意すること。後悔はしないはず。
  • グランスイートのバレルサウナ後は、そのままデッキで夜風に当たるのが正解。