← 戻る OMO5函館 by 星野リゾート

指先が触れるまで、あと数秒の空白

4月の函館を包む、針のように鋭くも澄んだ冷気が、シャトルバスのドアが開いた瞬間に肺の奥まで入り込んできた。車内のぬるい空気と外気の境界線で、私の吐息が白く、儚くほどに染まっていく。OMO5函館 by 星野リゾートに降り立つとき、少しだけ背伸びをしてかっこよく降りようとしたけれど、不運にもスーツケースのキャスターに足を引っ掛け、派手にバランスを崩した。その情けない姿に、君は堪えきれないように小さく吹き出していた。その笑い声が、春の冷たい風に溶けて消えていく。私たちはまだ、お互いの歩幅を合わせるのが少しだけ苦手で、歩道を行くたびに誰かが歩みを緩める。そんな不器用な時間を共有しながら、現代的な洗練さと温もりが同居するロビーへと吸い込まれていった。朝の空気は、洗いたての白いリネンのように張り詰めていて、それでいてどこか柔らかい。海鮮ファイブスターズでの朝食は、視覚から心まで満たされる時間だった。目の前で仕上げられる海鮮丼の、透き通ったオレンジ色と真珠のような白さ。職人が握る寿司の、米粒ひとつひとつが凛と立っている様子や、潮ラーメンから立ち上る濃厚な湯気が、視界を白く塗りつぶしていく。君が「美味しいね」と小さく呟いたとき、その言葉が私の耳に届くまでに、ほんのわずかなラグがあった。風が吹いてから、桜の花びらが実際に地面に落ちるまでの、あの数秒間の空白のような時間。私たちはその空白を埋める言葉を、あえて探さなかった。温泉に浸かれば、お湯の温度が肌に心地よく馴染み、肩まで深く沈み込んだ瞬間に、心にのしかかっていた重力がふっと消えていく。湯気の中で君の輪郭がぼやけ、世界に私たち二人しかいないような錯覚に陥る。水面に浮かぶ小さな気泡が弾けるかすかな音だけが、贅沢な静寂を際立たせていた。夜、ラウンジのファイヤープレイスの前に座ると、薪がパチパチと爆ぜる不規則なリズムが心地よいBGMになる。オレンジ色の炎が壁に長い影を作り、それがゆっくりと揺れているのを見つめていた。君の指先が、私の指先に触れるか触れないかの距離で止まっている。その数ミリの隙間に、言葉にできない感情がぎゅっと詰まっているように感じた。「もしかして、私たちはずっと、この『あと少し』という距離感を探していたのかもしれない」と、心の中でだけ呟く。部屋に戻り、裸足で踏んだフローリングのひんやりとした温度に心地よさを感じながら、ベッドに体を沈めた。シーツのパリッとした質感と、適度な弾力のマットレスが、一日の疲れを静かに受け止めてくれる。窓の外では、春の夜風が木々を揺らしているけれど、ここにあるのは完全な静寂だった。時計を外してサイドテーブルに置いたとき、ようやく時間が自分たちの所有物になった気がした。君の穏やかな寝息が聞こえ始め、部屋の温度が体温で少しずつ上がっていく。明日、またあのバスに乗って街へ出るけれど、今はただ、この柔らかい空白の中に浸っていたい。指先が触れ合うまでの数秒間の、あのもどかしくて愛おしい時間を、もう一度だけ繰り返したいと願う、深い紺色の夜だった。

  • 朝食の海鮮ファイブスターズで、あえて会話を止めて、目の前で完成していく料理の音と色だけに集中してほしい
  • 夜のファイヤープレイスで、炎の揺らぎだけを眺めながら、言葉にならない感情を共有する時間を大切に