← 戻る コンフォートホテル函館

誰かが靴を脱ぎ捨てたあとの、静かな時間

潮風と秋の気配、不揃いな足音のワルツ

九月の函館。港町特有のわずかに塩気を帯びた風が、秋の訪れを告げるようにひんやりと肌を撫でる。JR函館駅からホテルまで、わずか二分という短い道のり。けれど、キャリーケースの車輪がアスファルトを叩く乾いたリズムが、旅の始まりを心地よく刻んでいた。ふいに、次男が私の手を強く引き、「あそこに何かいる!」と歓声を上げる。正体は風に舞った一枚の枯れ葉だったが、その無邪気な叫びが冷たい空気を一気に弾ませ、私もつい笑みがこぼれた。隣では長男が、少しだけ大人ぶった表情を浮かべながらも、好奇心に満ちた瞳で街の看板や行き交う人々を眺めている。どこからか漂ってくる秋祭りの香ばしい匂いが、冷涼な空気に混じって鼻先をかすめた。家族で歩く速度は、いつだってバラバラだ。誰かが急に立ち止まり、誰かが前方に駆け出す。その不揃いな歩幅こそが、旅の正体なのかもしれない。目的地へ最短距離で辿り着くことよりも、途中で見つけた小さな石ころや、舞い散る落ち葉に心を奪われる空白の時間。そんな計画外のひとときにこそ、本当の旅の贅沢が潜んでいる気がした。

喧騒を脱ぎ捨てて、静寂の抱擁へ

自動ドアが開いた瞬間、外の世界の喧騒がふっと遠のいた。温度がわずかに上がり、しっとりと落ち着いた空気が全身を包み込む。コンフォートホテル函館のロビーに足を踏み入れると、そこには深い安堵感が満ちていた。ラウンジの柔らかな琥珀色の照明が、歩き疲れた足元を優しく照らし出している。チェックインの手続きを待つ間、次男が絨毯のふかふかした感触がおもしろいと言って、わざと足踏みを始めた。その小さな振動が、私の足の裏にも心地よく伝わってくる。外の冷たい風にさらされていた心身が、ゆっくりと解きほぐされていく感覚。それは、深く、静かな呼吸を取り戻すことができる、心地よい境界線だった。スタッフの方の控えめな会釈や、ロビーに流れる穏やかな空気感。それらが旅の緊張を少しずつ取り除いていく。重い荷物を預け、ようやく身軽になったとき、肩の力がふっと抜け、心地よい疲労感がじわりと広がった。

十二・六平方メートルの聖域、家族だけの秘密基地

部屋のドアを開けた瞬間、そこは私たち家族だけの小さな城へと変わった。ダブルエコノミーの十二・六平方メートルという空間は、大人の視点で見ればコンパクトかもしれない。けれど、子供たちにとっては、未知の冒険が待っている広大な領土に見えるらしい。次男が真っ先にベッドへ飛び込み、弾むように跳ね始めた。シーツのパリッとした清潔な質感と、適度な弾力。その上に、おもちゃや脱ぎ捨てられた靴下が、まるで宝の地図を描くように散らばっていく。私はその愛おしい混沌を眺めながら、ようやく深く腰を下ろした。ふと、このホテルが掲げる社会貢献の仕組みについて思い出す。ここに泊まることで、遠い森の再生や子供たちの居場所作りに寄付が届くという話。自分たちがこうして心地よい時間を過ごしていることが、見知らぬ誰かの力になる。その静かな繋がりが、この小さな部屋の空気をさらに温かくしてくれるような気がした。長男が「パパ、ここ、秘密基地みたいだね」と小さく呟く。その言葉に、胸のあたりがじんわりと熱くなった。完璧なスケジュールなんて、もうどうでもいい。ただ、この限られた空間で、誰の遠慮もなく笑い合い、転がり回れることが、何よりも贅沢に感じられた。快眠サポートにこだわった枕の適度な高さに頭を預け、子供たちの賑やかな声を心地よいBGMにしていると、自分の中の「親」という役割さえも、一時的にどこかへ消えてしまったように感じられた。

ガラス一枚の境界線、凪のような時間

窓の外に目を向けると、函館の街が深いインディゴブルーに染まり始めていた。遠くの方で、秋の風に揺れるススキが、銀色の波のように静かにうねっている。夜空に浮かぶ月は驚くほど大きく、そして静謐だ。次男が窓ガラスに顔をくっつけて、「お月様が追いかけてくるよ」と笑っている。その小さな横顔を眺めていると、ふと、子供が問いかけてから大人が答えるまでの、あの短い空白の時間について考えた。答えが出ないまま、ただ一緒に同じ景色を眺める。その「答えのない時間」こそが、家族という関係性を形作っているのかもしれない。外の世界は相変わらず忙しなく動き、誰かがどこかへ急いでいるけれど、このガラス一枚隔てた内側だけは、時間がゆっくりと、凪のように流れていた。部屋の明かりを少し落とすと、窓ガラスに自分たちの姿が薄く映り込む。寄り添い合う家族のシルエット。それは、旅という非日常のなかでだけ見つけられる、とても脆くて、けれどとても強い絆のような形をしていた。

誰かが脱ぎ捨てた靴の傍らで、心地よい静寂が降り積もる夜。

  • JR函館駅から徒歩二分という好立地を活かし、到着後すぐに街の冷涼な空気に触れてみてください。
  • 朝食を少し早めに楽しみ、子供たちがまだ夢心地な静かなひとときを堪能するのがおすすめです。